公務員という墓場から生還して 2020.11.11 すいごごカフェ 井原木奈美さんトーク

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心を追い詰められた公務員時代

 幼稚園の時、東京から埼玉に引っ越して来た。ふだん、割と話す方だけど、グループにはうまく入れないのが中学くらいまで続いた。大学を一浪した時に友達から勧められて公務員試験を受けて合格し、県職員を選んで学校事務に配属され、M高校に勤めることになった。でもそこが一番大変で、残業するのが美徳だと思っている上司や、人の粗探しが好きな司書の人からいじわるされることが続いた。
 その後、N高校に異動になって人間関係はよかったんだけど、この仕事に向いてないなと気分が落ち込んでしまって、結果うつ病の診断をくだされた。1年間休職したけど、復職してからもぼーっとしてミスをして、これ以上いいことないなと思い、9年間続けた仕事を辞めた。もっと早く辞めてればとも思う。

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居場所探しの日々

 そこから10年間くらい無職の時間が。その間に派遣の仕事をしたり、ニートやひきこもりの人が集まる居場所みたいなNPO法人に通ったり。久伊豆神社の近くにあるB型事業所工房きらりで紙バッグを作っていたことも。沖縄では安く泊まれる宿を転々としながら17日間いて、良い仕事があればやりたいと思ったけど、見つからずに帰って来た。

 その後しばらく家にいた時、近所の子供がよく夜遅くまで遊んでいることがあって、聴覚過敏故に子供の甲高い声に恐怖症になってしまった。それが原因で精神科に1カ月間入院した。子供自体が嫌いなのもあるけど、ビニールのガサガサとかの音でもパニックになっちゃう。
 
 茨城県の大洋村に家を買って一人暮らししたんだけど、なんでも車で行かなきゃいけない寂しいところで、あまりにも環境が違って自殺願望がひどくなって、結局1カ月くらいで帰って来た。自分の気持ちに反して自殺願望が出ちゃってコントロールできないから、周りの人がだめだよって止めてくれると安心する。この時も薬を飲んだら落ち着いた。

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暮らしの中の仕事の感覚を教えてくれた職場

 だいぶ良くなってから、なんとか外に出るような場所はないかと市に相談したら、新越にある就労移行支援事業所を紹介されて2年間通った。そこでべしみを紹介されて働くようになり5、6年が経つ。自分の行く職場には必ずいたいじわるな人が、べしみにはいない。仕事はそこそこに、趣味にお金や時間をかけるっていう考え方の人が居る感じがした。今までは、仕事というのは嫌々やってお金をもらうもんなんだって親に言われてそう思いこんでいたけど、これからはそういうのを変えていきたいなと思うきっかけになった。
 最近は気温の変化が激しく、うつと強迫性障害の両方できつい状態。先週仕事を1時間くらいしたら、PCの画面を見てられなくなってしまった。でも、他の職員の方から「困ったことがあったら助け合うところだから遠慮しないで言ってね」と言ってもらえたり、心配してもらえている結果、今も続けられている。

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障害?性格? それもひっくるめて私

 発達障害とわかった時は、それで生きづらかったんだって腑に落ちた感じはあった。若い頃は発達障害って言葉自体がなかったし、ずっと悩んでいた。みんなが普通にやっていることでも、私はたくさん注意を払わないとできないし、疲れやすかったのも発達障害のせいなのかなと今では思っている。でも、どこまでが発達障害か、性格かわからない。もし発達障害が治ったら普通の女性みたいになるのか。化粧とか恋愛とか女の子らしいことに興味ないのは自分の個性なんじゃないかな。全ての人が同じ方向に向かわなきゃっていう感覚が自分には合わないと思っていた。そう思わない人もいるよね?って私は言いたい。

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