6.28総会記念シンポジウム 「障害者活躍」を問うーその存在は「不要不急」かそれとも 速報

 詳しい報告は、あらためて行いますが、6月28日(日)に開催された、NPO法人障害者の職場参加をすすめる会総会記念シンポジウム <「障害者活躍」を問うーその存在は「不要不急」か それとも>の速報です。 「障害者活躍」ってなに?という人がほとんどではないでしょうか。その一方で、コロナ下で、会社でも地域でも障害者は…
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西陰さんの話したいこと 2020.6.17 すいごごカフェ 西陰勲さんトーク

お連れ合いが語る半生 西陰(お連れ合い・博子さん):主人は1943年(昭和18年)、樺太で生まれた。昭和25年くらいに引き上げてきて、大学に入るまでは岩内の家で暮らしてた。男4人、女1人のきょうだいなんだけど、お姉さんが樺太時代にすごい熱を出して、耳が聴こえなくなってろうあ者になった。その影響もあったんじゃないかと思うけど…
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わらじの会専従職員 草分けの証言 2020.6.3 すいごごカフェ 吉原広子さんトーク

てんかんとの長いつきあい 1960年生まれ。小学校2年のマラソンの時に初めて発作が起きて倒れた。母親がいろんな病院に連れていってくれて、精神病の1つのてんかんだと分かり、薬を飲み始めて、かれこれ50年。障害者手帳は持っていない。起こる回数はだんだん減ってきていて、薬も減ってきたけど、発作の回数はまあまあ変わらない。でも、い…
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「なにもしたくなかった」の地平から  2020.5.27 すいごごカフェ 遠藤未祐さんトーク

15才の母から生を享ける  私の話の前に母の話を。1977年生まれの母は、生きていれば今年43才。中学時代に交通事故に遭って不登校になった時に父に出会ったそう。1992年、母15才。中学を卒業した後の7月に私を生んだ。その翌年に定時制高校に入学。私が3才の時に父母が離婚。1997年、母は短大生の頃、小学校の特別支援学級で働…
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私が出会った死生の日常 2020.5.20 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク 後編

前編→https://yellow-room.at.webry.info/202006/article_1.html 質疑応答の続き  澤:3年前の僕みたいな親父をつかまえたとして、障害者の問題にどう考えた    らいいのかって訊かれたら? 山下:澤さんは映画会で60何ヵ所くらい行かれたんでしょ?今話されたの…
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私が出会った死生の日常 2020.5.20 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク 前編

まず3本の映画のまとめから  福祉についてあまり興味関心を持ってこなかった僕が、津久井やまゆり園の事件が起こった3年半前から勉強を始めたが、今まであったこと、考えたことをお話させてもらう。  「さようならCP」という映画は、脳性麻痺の主人公がなぜこういう闘いをするかということを描いた映画。青い芝の会が全国に広がって非常に…
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介護者の見つけ方 2020.5.13 すいごごカフェ 野島久美子さんトーク

家出して一人暮らしへ  1月29日にもすいごごで私の話をしたんだけど、具合が悪くてただ涙が出て何も話せなくて。だからもう1回やりたいって頼んで今日になった。  1人暮らしを始めたのが1985年。施設に入らないと殺してやるぞって親に言われて家出をした。八潮から黄色い部屋に逃げ込んで、何もわからなかった私は山下さんにいろいろ…
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「在るのは無いものだけだ」ー大本営発表のかげの「蔓延」  いま ここで生き、考え合った    〈新型コロナ中間まと…

ウィルスの変異とは 松丸:マスコミが感染者数ばっかり報道して、煽っている感じを受ける。インフルエンザでも日本で毎年3000人以上の人が亡くなるという。ウィルスは変異がすごく速いというのが細菌感染とちがっていて、常に新しい型が生まれて感染が広がるというけれど、新型コロナはどうなのか? 水谷:信じられるものってあんまりないと…
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わからなくなったー障害者大量殺傷事件裁判 2020.4.8 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク

何が裁かれたのか? 16回の裁判の中で、7回傍聴できた。裁判所がすごく気を使って、裁判では遮蔽席があった。家族席からは植松の顔が見えないようになっている。初回の1月8日は29人でほぼ満席。3回目以降は3家族6人で、ずっと最後まで3家族しか行かなかった。匿名報道と遮蔽席というのはなんだったのかな。 裁判を聴くにあたって…
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長いひきこもりからの旅 2020.3.25 すいごごカフェ 菊地よし子さんトーク

[昔からよし子さんとつきあいのある臼井さんからのお話] ずっとひきこもっていた 臼井:私は19年以上わらじの会に参加していて、よし子さんとは40年近く付き合いがある。ちょうど裏に住んでいるので、菊地さんちに行ってほしいと言われて。でも、40年前は外に出すと危ないからということと、怪しい団体じゃないかとお母さんがすごい…
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自閉症ーいいこともあるよ 2020.3.18 すいごごカフェ 幡本建祐さんトーク

自閉症ー高校前半まで苦しかった 昭和50年生まれ。僕は自閉症の障害を持っている。自閉症は発達障害の一種。脳の機能障害で、人の感情が読めなかったり、周りの環境が読めなかったりする。僕の特徴は忘れにくかったり、フラッシュ・バックという過去の出来事を思い出す現象に襲われること。これは自閉症スペクトラムの一種。楽しかったことも嫌な…
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他者との出会いー私の場合 2020.3.11 すいごごカフェ 関根華子さんトーク

入学式で介助と出会う 去年の9月から世一緒で働き始めたのでまだ日が浅いが、わらじの会と出会ったのは16、17年前ということで、結構昔。ということで今までどう関わってきたかを。 わらじの会を知ったきっかけはビラ。大学の入学式の時にもらって、何かバイトしたかったので、かがし座に連絡して行って、今県議になっている辻さんにわらじ…
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戦うのをやめたら道がひらけたー人生の半分が統合失調症   2020.2.26 すいごごカフェ 工藤幸一さんトーク

病気を生きてきた 今66歳。人生の半分は精神病で、直そうと必死だった。生まれは東京都品川区。3歳までそこで過ごし、10歳まで東久留米、三鷹市、そしてまた東久留米。23歳から杉並区、27歳まで越谷市、茨城県水戸市、33歳から越谷市。親が家を大きいものに替えるために何回も引っ越しをした。それが精神病の原因の1つかもと言われてい…
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分けられ、追われた日々を経て、まちと出会う ー2020.2.19 すいごごカフェ 黒田正巳さんトーク

 はじめにひとこと。今回のトークは、黒田さんが2918年2月14日のすいごごカフェで語った内容(黒田流「共生の技法」ー矛盾を友として)と併せて読んでいただきたい。なぜこのタイトルを付したかも納得されるはずだ。  https://yellow-room.at.webry.info/201803/article_1.html …
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わら細工専従―その誕生秘話 2020. 2.12 すいごごカフェ  宮部幸絵さんトーク

1973年越谷に生まれた。今はケアシステムわら細工で月~金で勤務している。わらじの会の会議があったり、介助料の支払いの準備をしている。その他に月刊誌のわら細工ニュースをみんなで記事を分担して書いたり。由利子さんの介助者のコーディネートも。 音楽サークルがなれそめ 友人に誘われて「音楽ネットワークえん」というサ…
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新型コロナを迎える社会―「かたきがなぜに慕わしい 」 2020.4.15すいごごカフェ・水谷淳子さんトーク「新型コ…

ロミオとジュリエットのように ウィルスが体の中に入って来るっていうのは、受け手がいて、誘われて細胞の中に入ってくる。喉とか肺の細胞の中に、ACE2っていう酵素がいて、ウイルスに手を伸ばす。ACE2がウイルスを体の中に引き入れちゃう。誘導する力が人間に備わっている。ウィルスは高等生物とか恐竜がいた頃からいるのものじゃないかといわ…
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生協活動と共生社会―もまれ、もみあいながら        2020.2.5 清水泰代さん すいごごカフェトーク

生活クラブと世一緒の出会い  私はせんげん台に住んでいて、生活クラブは越谷くわい支部で組合員として参加している。生活クラブというのは、50年くらい前に牛乳の共同購入から始まって、組合員全員で運営している。食が中心ではあるけど、環境、福祉と幅広く活動している。それで、生活クラブを地域の有効な拠点にできないかと近隣団体と話して…
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涙ながらのすいごごカフェ―うつの谷間で          2020.1.29 野島久美子さんトーク

大坂:野島さんは今一番うつのところにいるんじゃないかなと。今日も頑張ってここに来ました。   [以下、大坂さんに助けられながらの野島さんの語り] <ヘルパーの使い始め> 八潮に来た頃、お母さんが朝8~9時頃にカメラ店に行って、夜7時頃家に帰る。その間13時間くらい1人でいた。その間は1人で掃除洗濯、動物の世話をして、…
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職業からひらかれた地域、家族、夢                2020.1.22 すいごごカフェ 野口雅晶さ…

働いて世界が拡がった 生まれは千葉県で、越谷で育ってきた。今24歳。生まれた時はアトピー性皮膚炎があり、気持ち悪がられていたみたい。それもあって幼稚園から中学までずっといじめが続き、中学校で不登校になった。春日部の松栄学園に通ってた時にこれじゃ就職できませんと言われたため障害者手帳を取った。その頃就労支援センターに行って相…
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不寛容な時代状況を病と共に生きる 2020.1.15 すいごごカフェ 高瀬勇さんトーク

分裂病から統合失調症へ  精神分裂病と呼ばれた病が統合失調症と呼ばれるようになったのが確か2003年頃。家族会の人達がイメージが悪いから変えてくれと言ったのがきっかけ。公募して決まったのが統合失調症。失調という言葉は、一時的というイメージがあると思う。ずっと病気じゃなく治る病気なんだと、当事者も意識が変わった。 口にできなかった…
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さびしさも道連れに 街で暮らし続ける わらじの会代表、藤崎稔さん(2020.1.8) すいごごカフェゲストトーク

出発点としてのスウェーデン 「こころがさびしくて」というタイトルにしたのは、今いろいろなことがあってさびしいから。 一人暮らしはいいなと思っていたけど、実際やってみると厳しかったなぁと。 地域の介助者を募り生活して間もなく30年。略歴を話すと、俺は1962年生まれ。 3歳の時に北療育園に入った。1979年に友達に誘わ…
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自然栽培農家 土と空気で育てた野菜をからだへおくる 2019.12.25 すいごごカフェ ゲスト 松島さんのトーク…

12月25日(水)すいごごカフェ・ゲスト:松島篤志さん(自然栽培農家) 自然栽培と体の話 プロフィール:  群馬県桐生市出身。大学は横浜。卒業後は、建築の設計を約20年。超高層ビルも手掛けた。そんな世界にいたが、勉強してゆく中で、しだいに健康オタクになっていった。そして、食の大切さを痛感したことから、農家に行き着いた。…
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エミコングが行くー2番目の姉えみこと同行者たち 2019.12.18 すいごごカフェ ゲスト:今井和美さんのトーク…

エミコングというのは  私は5人姉妹なんだけど、エミコングというのは2番目の姉のえみこのこと。今65歳くらい。姉は高校生の時にデモに参加して補導されたり、迫力のある人。義兄の日高さんもポリオで下肢に障害があって施設で暮らしていた。二人が結婚して、大分の宇佐という所で、古い農家を譲り受けて、車いすで生活できるように改造して暮…
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「おれのことばらされていやだった。またしゃべりたい。」まこと日記作者・小川誠さんを囲んで 2019.12.11 す…

〈生活介護支援事業所「千草園」施設長の田中さんの話〉 私は以前、さいたま市にあった知的障害の児童の入所施設・岩槻学園に職員として働いていた。誠さんは小学校6年生くらいに入所してきた。1つ下の弟と一緒に入所してきたが、弟がやんちゃで、心配しながら、見守りながら生活していた。 第一印象は、人と関わっていても人を信用しないとい…
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逝きて還るーわらじの会という地域を耕した人々のメモリー 2019.12.4 水谷淳子さん すいごごカフェ・ゲストト…

今日はわらじの会周辺で亡くなった人の話を短い時間でします。 順番に、新坂光子(てるこ)さん。2000年に妹の幸子さんが。私が障害者の人とつきあったスタートが光子さんと幸子さん。そしてきみ子さん(姉妹とは別の家)。 新坂姉妹は自分でかがんでずりずり動けたんだけど、検査入院を数ケ月してベッドで足を伸ばしっぱなしでいたので、退院後…
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職場参加のための職場開拓とはー黎明期から関わってきた内野かず子さんが語る 2019.10.16 すいごごカフェ

 10月16日(水)のLunch Cafe どっこいしょ&すいごごカフェのゲストは、NPO法人障害者の職場参加をすすめる会事務局の内野かず子さん。「会計の内野さん」としてしか知らない人も少なくないと思うが、実は当会初期からの実習や就労のための職場開拓の名人なのだ。 実際、越谷市障害者地域適応支援事業の実習職場は、いまでも内野さんが…
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靴工場で少年は大人になり世界へ旅立ったーいま世界の転換の時に  2019.11.20すいごごカフェ・浅井武夫さん(…

中学卒業後19年ゴルフ靴工場で  小学校4年生のとき蒲生に引っ越してきた。中学は越谷南中の特殊学級。中学を卒業してから小林ゴルフという靴製造会社に勤めた。中学校の実習で知って、障害者枠で入社したのが平成3年3月。本当は4月からだったけど、すぐに入りたくてしょうがなかったので卒業して一週間後すぐに就職した。それから19年間お…
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わらじの会ホームグラウンド・武里団地に生まれた子供だった私  2019.11.13 すいごごカフェから 小松久美さ…

団地に生まれ育った子どもー団地は世界の中心だ!  11月13日(水)のすいごごカフェゲスト・小松久美さんは、現在地域活動支援センターパタパタの職員。わらじの会で働くようになってからは、まだ3年だが、実は生まれてからつい最近まで、わらじの会のホームグラウンドといえる武里団地で暮らしてきた。わらじの会と武里団地について、は…
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やまゆり園とすいごごーあの事件を問う映画を製作し全国で上映・感想会を続ける澤さん なぜすいごご常連に? 2019.…

テレビ制作の現場退職後、やまぼうし・伊藤さんと出会った 現在67歳。昭和27年、北海道で生まれた。苫小牧で高校を卒業して、最終学歴は遠洋漁業大学中退。23歳の時に東京の三崎というところでマグロ漁船に乗り、その後東京でフリーターに。 テレビの大道具のアルバイトをしたことからADの職種を知り、おもしろそうだなと思ってADに…
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娘と一緒に街を拓くー障害のある娘と音楽と地域 山崎泰子さん(NPO法人障害者の職場参加をすすめる会代表理事)10.…

前回のすいごごカフェで話したことはかおるが生まれる前のことだった。今日はかおるが生まれてから31,2年間の中で一緒に生きてきた、暮らしてきた中の出会いを話そうと思う。 いつかは追いついて育つと思っていた母だった かおるは1987年2月に生まれた。3300gもあって、元気な女の子と言われた。ミルクを飲まなくて体重が増えなかった…
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