協同組合と自治を語る 2021.5.14 すいごごカフェ 清水泉さん(越谷市議・市民ネット)

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“安心・安全”を考えるきっかけになった牛乳

 1964年、東京オリンピックの年生まれ。台東区の柳橋の問屋さん街出身。小さい頃に千葉県沼南町(現・柏市)に越して高校まで過ごした後、また柳橋に戻った。両親がクリスチャンだったから私も中2で受洗していて、夫とも浅草教会に通っている時に知り合った。

 結婚して、92年に綾瀬から埼玉に移住。その時にさいたまコープに加入して買っていたのだが、99年、小学生になった娘が「牛乳がおいしくない」と言い出した。その後、新聞にさいたまコープの牛乳が工場で薄められているというニュースが報道され、安全安心じゃなかったのかと愕然とした。そこで他のものを探し回って出会ったのが、ママ友から教えてもらった生活クラブの牛乳。できるだけ加工せず作り、容器はくり返し使えるリユース瓶を使用しているので、ごみもなくなるし、娘も「おいしい」と感動していた。そこから生活クラブに加入して組合員になったんだけど、それが転換期だったのかな。

 私自身は結婚するまではOL、結婚後はパートしていたくらいだったんだけど、会社が閉鎖になる時に理事の話があって。それで2008年に生活クラブ生協埼玉の理事になった。

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“疑わしきは使用せず”をモットーに行動する生活クラブ

 生活クラブでは様々な取り組みをしているが、例えば「放射能はこれ以下なら安全という値はない。」という考え方に基づき、放射能の「自主基準値」を設定していて、原発を反対していること、自分たちで検査をして対策をすることを取り決めている。

 チェルノブイリの原発事故が起こったときに、風に乗ってきた放射能が日本のお茶屋さんの葉っぱからも出た。放射能汚染で出荷できないお茶を7トン以上も抱えることになってしまった生産者の状況を受け、生産者と問題を共に考えていこうという動きが生まれ、供給停止となったお茶を引き取り、各地域の生活クラブに配布して原発や放射能について考える材料としていく、という活動になった。そのお茶は配送センターや催しで展示するなど、各地域でさまざまな使い方がされた…という運動をしたりとか。

 1970年、80年代は公害や食品の事件が多かった年代なのかなと思う。それもあって、生活クラブも74年の石油パニックを契機にせっけん運動を本格化させ、77年には合成洗剤の取組みを中止した。1973年には、せっけんの生産者「ヱスケー石鹸㈱」と出会い、粉せっけんの共同購入がスタート。石鹸歯磨きを作ってくれっていう組合員の言葉から、新たにハミガキの製造も始まった。しかし、問題が。中身がチューブから出てこない。粘結剤と研磨剤が結合して固まる事故だった。出荷全体数の95%は全て組合員に配達された後で、ヱスケー石鹼の誰しもが「返品の山が来るだろう、クレームの電話も殺到するだろう」と思っていたけど、組合員はさび落としに使ったりして全部消費したと。この件で組合員のすごさを感じたし、生産者がいるってことを初めて知った。

 “疑わしきは使用せず”は生活クラブの理念で、体に悪いものはできれば入れたくないし、農薬は当然無農薬でやりたいと思うんだけど、少しでもたくさん収穫できるものが求められてしまうので、農家の方たちと一緒に考えてやっている。日本が遺伝子組み換えを受け入れますとなった時には、生活クラブでは人体に何かあるかわからないから一切使いませんと。こだわるところはとことんこだわるな、そこまで追求できる組織なんだなということにびっくりしている。自分たちがおかしいと思った時、次の行動にできるということが生活クラブの大原則。そして、行動を起こすには必ず勉強会や研修をする。

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刺激を受けたデンマークの考え方

 脱原発を掲げている生活クラブだが、2014年には電気やエネルギーの勉強のため、研修でデンマークに行く企画を作った。デンマークでは原発を建てようという話が持ち上がった時に、そもそも原発が必要なものなのかを見極めたいということで、国民が望むのであれば原発は建てないという国の方針の下、モラトリアム期間をおき、委員会を作って3年間学習をして話し合って、国民投票をした。結果、必要じゃないという意見が多く、今ではコペンハーゲンの沖合に出力2000KWの風車が20基建っている。反対の意見も賛成の意見も交えながら議論していくことを国でやっていて、「考える市民」を重要視しているなと。選挙の投票率も85%。

デンマークの考え方もにも感動した。収入の多い人がたくさん税金を払い、貧しい人がたくさんのサービスが受けられる。デンマーク人の「平等」とは「公平」で、再分配の仕方が重要なんだと。もともと弱者のためにあるのが公共だと思うので福祉はこうあるべきなんじゃないか、必要な人に必要なものを与えるとはこういうことなんだと思った。

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市民の代弁者として働きたい

 年を取るのは障害者になることなんだと、噛みしめている。いつか私も目が見えなくなるし、今現在車いすを使っている人は先端を行っている人なんだと。わらじの会との関わりで、これをしてほしいと言われると、具体的に必要なもの・ことがわかるので、言ってもらえることがありがたいし、学ばせてもらっている。一人一人がそういう自己主張をして、みんなが楽しめる社会になっていけばいいなと思っている。2019年より越谷市議として活動しているが、生活協同組合の運動の延長線上に自分があるのかなと思っている。市議というよりは、みんなのやりたいことの代弁者としてお仕事をさせていただきたいと思っている。


質疑応答

辻: 今日の話を聞いて、すごくボリュームが大きいのは生活クラブ生協で、そこが原点なんだなと改めて思った。その延長線上で市議会議員になってるということだと思う。議会というのは、自分で考えるよりも従ってれば波風立たないという人達が多い中、生活クラブとか民主的な組織とは違う大変さがあると思うんだけど、議員になってみてどうですか。すぐコロナになってしまったんだけど。

清水:まだぼやっとしていて。印象に残っているのはむしろ辻さんを応援したこと。人を応援するっていうのはこんなに活気があって楽しいんだなって思った。その流れで市議になったなと思っている。
 不思議なのは形にこだわって取り決めをすることが多かったなって。議会の中で事務局があって執行部があってというのが、2年経って慣れたかなと思うけど。自分たちの政党の会派も党派があって意見が違う。議場って意見を戦わせる場なんだなっていうのが今わかってきた。いろんな市民相談を受けながら調査して質問を組み立てていったりするけど、違う立場の人をどう論破するか、それが大変だなと思っている。喋っている人の人間性が出てきて、なんでわかってくれないの?と、きーっとなったりするので、そうならないように質問することを勉強中。

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