オエヴィス日誌そして 2021.4.21 すいごごカフェ 本田勲さん(障害者生活支援センター えん)【後編】

https://yellow-room.at.webry.info/202109/article_3.html(前編)

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自立生活の先輩として部屋のセンスも抜群だった
~新井豊さん~


 新井豊さんは出身地は朝霞。若い頃は東京電力の下請けの下請けで、山を分け入って少しずつ電線を張っていくため、ずっと丸太を担いで行く仕事をしていたんだそう。当時は越谷のアパートで一人暮らししていたんだけど、オエヴィスに一人暮らしの新人が4人来るから、ベテランの新井さんに移ってきてほしいと頼み込んでしぶしぶ移ってきてくれたというのが本当のところじゃなかったかな。

 埼玉県で2番目にできた生活ホームだったから見学者がたくさん来たんだけど、新井さんの部屋はオエヴィスで1番の観光名所だった。なぜかというと、2段ベッド、毛布、タンス、冷蔵庫…家具は全て黒一色で壁は真っ白。そのバランスとセンスがかっこよくて。よその障害者団体がオエヴィス内を見学すると、「新井さんの部屋は素敵~私も卒業したらこんな部屋に住んでみたい」って言われてた。それで新井さんはますます気をよくしちゃって黒でうずめていっちゃって。

 豊さんは前立腺かなんかで始まった病気で、誠和病院でわらじのスタッフが死を看取った。16年前かな。

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お酒が大好きで向こうっ気が強かった
~吉田昌弘さん~


 最後は昌弘君。酒が大好きで。せんげん台祭りでは商店街が歩行者天国になって、べしみからも生活ホームからも客として招待されるから、本部席に案内されると昌弘君はそこに座りっぱなし。氷のごろごろしている中に冷やされているビールのところから離れない。べろんべろんに酔っぱらっても、車輪が4つついてる電動だから多少ふらついても、我々が酔っぱらう恰好にはならず、なんとか家にたどり着ける。とにかくお酒が好きだった。

 やたらと怒る昌弘君なりの性格があって、バーに車椅子で行くと、マスターが「車椅子に乗った方がこんな私どものお店に来ていただいて光栄です。」なんてことを言うわけ。マスターは心から言ったセリフだと思うんだけど、奴さんはそれに対して怒った。「障害者で車椅子に乗ってるからそう言うんだろ。差別だ。」と。性格もあったんだけど、向こうっ気が強かった人だから怒る。普通に扱ってもらいたくて来てる。車椅子の人がわざわざお出かけくださってありがとうっていうのは癪に障るんだって感じだったのかな。そういうプライドが非常に強かった人。私もよくケンカしていて、オエヴィスを一番先に出たのは昌弘君だけど、それは私と仲が悪かったから。

 吉田君は、酒を飲んでの帰り道、車椅子ごと倒れちゃって。それで救急車で病院に運ばれたんだけど、脳内出血で2014年1月21日だったかな、亡くなった。


 よって、当時の人達の生き残りは藤崎さんだけということに。かくいう私も世話人という名前でずいぶん面倒を見たけど、亡くなられた方から私も面倒を見てもらったんだなって思うと涙が出る。ありがとうと言いたい。

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