西陰さんの話したいこと 2020.6.17 すいごごカフェ 西陰勲さんトーク

109555907_3236184896462841_4122150259947669133_n[1].jpg

お連れ合いが語る半生

西陰(お連れ合い・博子さん):主人は1943年(昭和18年)、樺太で生まれた。昭和25年くらいに引き上げてきて、大学に入るまでは岩内の家で暮らしてた。男4人、女1人のきょうだいなんだけど、お姉さんが樺太時代にすごい熱を出して、耳が聴こえなくなってろうあ者になった。その影響もあったんじゃないかと思うけど、大学の学生運動をしていた時、障害者の運動に関わっていきたいという気持ちが芽生えたんだと思う。障害者が外に当たり前に出て行く、そんな社会に変えたい、と。それでその後、草加に住んでたんだけど、働く居場所をつくろうということでめだかの会を作った。東武線にエレベーターをつくる会も。1人で生活する人への支援もやり出した。
 今、失語症になって自分が障害者になった。話すことも書くこともできないけど、なるべく施設には入らないでうちで生活しようってことでやっている。

108010382_278390923445075_7179305431956706552_n[1].jpg

こんな出会いしたよね

日吉:西陰さんは、マンションのエレベーターが停まった時に迎えに来てくれた
   ことが忘れられない。
野島:私、西陰さんはよく覚えていて、草加にエレベーターをつける運動をやっ
   ていて、その時に一緒にやってたの覚えてますか?
西陰:(頷く)
樋上:西陰さんには、職場参加をすすめる会の運営委員として支えてきてもらっ
   た。若い西陰さんは、強面のイメージがあったんだけど、2003年に、「樋
   上君、一緒に街づくりを考えていく会を立ち上げないか」と誘ってくれて
   、西陰さんが事務局長で、誰もが暮らしやすい街づくり実行委員会を作っ
   た。越谷市のいろんな障害者団体に入ってもらって、バリアフリーについ
   て考えていこうと。昔の写真を見て、覚えてる?
西陰:(覚えてる、とうんうんと頷く)

108274420_955062131580828_3668274099074836711_n[1].jpg

相棒の語りに誘われ

樋上:2003年から2008年くらいまで越谷で活動し、2カ月に1回、実行委員会を
   開いて、バリアフリー点検をしていた。市役所の障害福祉課を訪ねて、い
   ろんな課とも勉強会を行った。一番大きい成果となったのは、バリアフリ
   ーマップの作成(おでかけマップとトイレマップ)。実行委員会と障害福祉課
   とで一緒に作った。当時、障害福祉課の担当の人と西陰さんと樋上で、障
   害福祉課で夜の12時くらいまで話したこともある。そういう打ち合わせの
   根回しとか、西陰さんがいつもすごい積極的に聞きに行っていた。手で触
   ってわかるバリアフリーマップというのは日本で初めてのマップだったん
   だけど、誰もPRしないから結局評判にはならなくて、未だにブレイクはし
   ないでいる。本当は月に1回くらい触地図の勉強会をして、一般的に進め
   ていこうっていう話はしてたんだけどね。
西陰:あ~(何か喋ろうとしている)
樋上:一泊避難所体験は2009年と11年と13年に3回、8月の夏休みに学校の体育
   館を借りてやった。今後は夏は暑いので、冬にやることに。寒いからみん
   なが肌を寄せ合って、恋も生まれるよねって半分そういう感じ。しかし、
   やれてはいない。でも、コロナウイルスで抱き合うことが難しくなったか
   なと。生活の中で避難所体験をどう進めていったらいいかって、本当は西
   陰さんともっと考えていければなと思うんだけど。

109938686_1390099084523871_6312989901317833800_n[1].jpg

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント