生協活動と共生社会―もまれ、もみあいながら        2020.2.5 清水泰代さん すいごごカフェトーク

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生活クラブと世一緒の出会い

 私はせんげん台に住んでいて、生活クラブは越谷くわい支部で組合員として参加している。生活クラブというのは、50年くらい前に牛乳の共同購入から始まって、組合員全員で運営している。食が中心ではあるけど、環境、福祉と幅広く活動している。それで、生活クラブを地域の有効な拠点にできないかと近隣団体と話してた時に、世一緒とも交流がスタートしたのが3年前。生活クラブの中で市民事業寄付制度というのがあって、去年も今年もそちらに世一緒がエントリーして、助成金でしらこばと笛、すいごごカフェの冊子作製の資金をゲットしてもらった。障害者と付き合ったことがない組合員さんと障害のある人達で何かできたらと、うんとこしょという活動も始まった。東越谷第二公園でお花見をしたのが最初。
市の障害福祉課と勉強会をしたり、みんなで参加できるイベントも企画して交流を深めてきた。2018年度からは毎月はやめて、お互いの活動に年1回参加していく形に。

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育ち合いを阻まれて

 私の次男には障害があって、今20歳。次男は1歳半くらいでも言葉が出てこず、3歳児検診で自閉症の傾向があると言われ、医者に行った。なんでうちの子がそうなっちゃったのってずっと泣いていた。ちょうどその頃、お兄ちゃんがあゆみ幼稚園に行っていたので、あるお母さんがわらじの会を紹介してくれて、飛び込んだ。それで、隠して育ててもしょうがない、泣いててもしょうがないと思って。
 小学校は大袋北小で、普通学級に入れた。主任のベテランの先生には「こういう子は見たことないので責任は取れません。」と言われ、毎日ずっと隣び席でついてる生活をした。息子は授業中内容がわからないからうろうろしていた。でも、朝から晩まで学校にいるので私も参ってきちゃって。プールの授業もうちの子はスイミングを習っているから溺れることはないから大丈夫と言ったけど、見てるだけじゃダメと言われた。唯一楽しく過ごせる授業なのにできないのはかわいそうだと思って、一緒にプールに入ったりもした。
2年生からは学区外の支援学級のある学校に転校した。支援員の先生から「ここにいても何も学ぶことはないと思います。」とか言われて耐えられなかった。指導方法もマンツーマンで教えられるようになり、普通学級にいる意味もなくなってしまったので。
結局そうやって分けて育っちゃうから、学校の先生や社会に出てから付き合う人も障害者を見たことがない。一緒に生活する中でわかることっていろいろある。私なりに生活クラブなどで、できることを投げかけているつもり。

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もまれながら歩きだす

次男は去年の4月から、カフェにじさんぽで働いている。親として一段落だと思ってたら、遅れてきた反抗期に今手を焼いている。親が言うのもあれだけど、息子は自閉症だけど周りを見ながらそつなくやってきた。だからなのか、今失敗が3つほど続くとパニックになってしまうそうで。うまく伝えられずに手を出すようになってまずいなと思っている今日この頃。なんでこうなったかと考えたけど、支援のある学校に11年間浸かってきたことで大事に育てられてきて、学校の先生がすごくフォローしてくれてたんだなと。親が先回りして防いじゃってたから、本人も対処の方法もわからない状況。本当は自分で学んでいくことだったのに、社会にもまれていないということに気が付いた。職員さんには親御さんとも連携してやっていきましょうと嬉しい言葉をもらっているので、前に進めればいいなと思っている。

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質疑応答

辻:清水さんは、息子さんが少年野球入ってたり、福祉の枠組みじゃないところで地域活動に出て、広がってるのがすごい。障害を持ってるから、意識してやってるのかどうか。
清水:自分から飛び込んだわけではない。巻き込まれてる感じだけど、せっかくだから本人を地域に出していこうっていう感じ。でもそういうのが今に至って、ありがたい。こんなに世界が広がるとは思わなかった。

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