え?!ナイチンゲール?「ただそばにいる」精神看護からー高瀬勇さん

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3月27日(水)、2018年度最後のすいごごカフェはせんげん台の就労移行支援「世一緒」で開催され、同事業所所長の高瀬さんがゲストトーク。タイトルは「ナイチンゲール『看護覚え書き』を読む」。

 率直なところ、このタイトルを聞いたとき、複雑な気持ちだった。かって「ナイチンゲール精神」は、看護現場で働く人々へのあまりにも劣悪な労働環境、医師の下女的な役割、時には侵略戦争への従軍といった実態を美化するために利用されてきたという印象が強くあったからだ。

 しかし、高瀬さんの語りが始まってみると、そうした文脈とは異なっていた。当日配布されたレジュメのタイトルは、「『看護覚え書き』を読み返しながら自分の看護を追体験する」となっていた。

 ちなみに、フローレンス・ナイチンゲールは1820年、イタリアのフローレンス(フィレンツェ)に生まれ、1854年、クリミア戦争で14人の看護婦と24人の尼僧からなる看護団を指揮。多いときは17日間で4000人の傷病兵が箱見込まれた。劣悪な衛生環境の下で次々と亡くなっていく。現地の軍医長官はナイチンゲールらの従軍を拒否したが、彼女たちはまず便所掃除から始め環境を整えることによって、傷病兵たちを元気づけた。陸軍省の査察を経て、、ナイチンゲールの報告通り衛生環境を良好に保つことが実践されると、死亡率は大幅に低下し、ナイチンゲールは「クリミアの天使」と呼ばれるようになった。
 「看護覚え書」、「病院覚え書」は1859年出版。1910年死去。

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「病気とは回復過程」とナイチンゲールは言った

  ナイチンゲールからの引用として、冒頭に掲げられたのは、次の有名な一節だった。 「すべての病気は、その経過のどの時間をとっても、程度の差こそあれ、その性質は回復過程であって、必ずしも苦痛を伴うものではない。つまり病気とは毒されたり衰えたりする過程を癒そうとする自然の努力の現れである。」

 これを高瀬さんは、「自然治癒力」と受け止め、精神科医の故中井久夫が述べている統合失調症の回復過程についての考え方と一致するとみなした。

 同じくナイチンゲールからの引用。

「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさなどを適切に整え、これらを活かして用いること、また食事内容を適切に選択し適切に与えることーこういったことのすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること、を意味すべきである。」


 関連して、ナイチンゲールが  「患者と話すときは常に、患者があなたの顔を見ようとして無理に顔を捻じ曲げて苦しい思いをすることがないよう、患者の視野の中に座ること。」  と述べた部分について、中井久夫の弟子たちである、高瀬さんが青木病院で出会った医師たちは、患者が座っているときは必ず自分も座って話をしていたと回想する。

 ナイチンゲールの次の叙述、 「患者に何を食べさせるかを決める立場にあるひとの職務とは、あくまでも患者の胃の意見に耳を傾けることであって、『食品分析表』を読むことなどではない。」 についても、高瀬さんはかって働いた病院で、栄養士と調理師の戦いがあったと語る。栄養士は糖や塩分の摂取が過剰にならないよう味の薄い献立を作成するが、調理師は食欲がわかない患者のためにこっそり味付けをした。また、夜眠れない患者のために、眠剤の代わりに夜食のおにぎりを用意した。


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「ただそばにいること」をめぐって

 またナイチンゲールの次の叙述、 「病人をとりまくすべての人々に向かって私は心から訴えたい。病人が直面している危機を、わざと軽く言い立てたり、回復の可能性を大げさに表現したり、病人を『元気づけよう』とする、そのような行為は厳に慎んでいただきたいと。」、「この世で病人に浴びせかけられる忠告ほど、虚ろで空しいものはない。病気のほんとうの苦悩について、よく知りよく理解しているひとのなんと少ないことか。健康な人間が、看護婦でさえも、わが身を病人の生活に置き換えて考えたりすることの、何と少ないことか」。「自分自身はけっして感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しないのである。」
高瀬さんは、この部分を「幻覚妄想のただ中へ」と読み替え、中井久夫が統合失調症の急性期においては唯一の有効な方法と評したシュヴィングの「ただそばにいること」につなげて考える。

高瀬さんが病棟で出会った人は、自分が動くと世界が壊れるから動けないと感じ、固まっていた。高瀬さんは「ただそのそばにいた」と語る。患者が怒ったり悲しんだりしているときは、一緒に怒ったり悲しんだりするだけでなく、自分が「器」になり、「器として受け止める」と語る。「怒っている人も、この人が怒っていることを受け止めてくれると思えば鎮まってくる」という。「だから拘束や保護室が必要だと思ったことは一度もない。」と高瀬さんは言う。

  高瀬さんは「るろうに剣心」の主人公になっている患者と出会ったとき、まんがを読んでその気持にシンクロしようとしたという。「幻覚・妄想のある人に対したとき、『あなたの世界に入らせてもらっていいですか』とまず訊いてから入る。ある人の世界は、目の前の便器がビクトリア湖だった。別の患者さんは向こうから『地球を救うためにモールス信号を打つから手伝ってくれ』と言われ、保護室の中で手伝っているうちに彼は眠ってしまった。後日退院した時、『あの時はありがとう』と言ってくれた。」

妄想も怒りや悲しみも病気の徴候という面からではなく、「患者のほんとうの苦悩」の言葉として受け止めようと努める姿勢には共感できる。ただ、それは一方に拘束や保護室で固められたシステムが厳然とある体制の闇がバックにあるから浮かび上がる光なのではないか。もしもこの体制が開放化されていったとしたら、あるいは精神科医療体制の外でも、光として受け止められるのか?病いの概念も広がり、病いと個性の境界も相互乗り入れ状態になった状況でも、「ただそばにいること」が同じ形で可能とは思えない。さまざまな人々が異なる関係を結びながらそこにいて、すれちがいやぶつかりあいもあって、結果として「ただそばにいる」関係が成り立つという総合的な過程が必要なのではないか。また、そうした地域のダイナミズムとは一線を画して、特別なエリアの中で「ただそばにいること」を実践しようとすると、それ自体透明でやわらかな拘束や保護室になってゆかないか。そこはひっかかった。この留保付きでだが、高瀬さんにはもっとこうした経験を語り継いでほしいと思った。

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病みうる人間、老いゆく人間として

  高瀬さんはナイチンゲールのこんな部分にも注目した。 「小さなペットなどは、病人、とりわけ長期の慢性の病人にとっては、こよなき友となることが多い。ある病人が、自分が看護補から受けた看護と、犬から受けた看護について語ったことがあるが、彼は犬による看護の方がずっと良かったと言った。『何よりも犬はしゃべりませんからね』」
高瀬さんは、「病院で犬を飼う」経験を語る。勤務していた精神科病院の前で轢かれた犬を、患者さんたちが朝晩散歩に連れて行くなどのローテーションを組み、最期まで看取った。職員は手を出していないと。

 ナイチンゲールは医師と看護師の関係について述べている。 「ほんとうに患者のことを心にかけている医師であればすぐに、注意深い観察と正確な報告ができる看護婦に情報を求め、またそれを正しく評価するようになるものである。」

高瀬さんは、医師の記録に横文字が多く看護師が読み取れないので、日本語で書いて、チーム医療のための情報共有ができるようにしてほしいこと、また医師の記録と看護師の記録を一緒にしてほしいと、かつて勤務した都内の病院で要望し、認められたという。その後勤務した病院では、医師たちに「看護記録を読んでほしい」と言ったが、読んでくれた医師は半数ぐらいだったそうだ。

  高瀬さんは、最後に中井久夫の「『だれも病人でありえる、たまたま何かの恵みによっていまは病気でないのだ』という謙虚さが、病人とともに生きる社会の人間の常識であると思う。」という言葉を紹介した。
そして高瀬さんは述べる。「これがまた看護なり医療なりの原点である。ともに病みうる人間、ともに老いゆく人間として、相談に乗り、手当てをする。むずかしい病でもなんとかしようとする。」

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