野の花咲く はばたく家四半世紀の小さな歴史遺産

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黄色い部屋の専従ねこ・マエの周りに咲いているのは、タツナミソウ。淡い紫色の花の株が多いが、白花の株も少し混じっています。毎年、5月の連休の頃に、いっせいに開花します。そのようすが、葛飾北斎の「神奈川沖の富士」さながら沖に波が立っているように見えるので、この名がついています。

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このタツナミソウは、黄色い部屋ができた1983年ごろ、わらじの会の重度障害者たちによって組織された「自立に向かってはばたく家準備会」が、武里団地などで露店を出して、売っていた野草のひとつ。ほかには、ホトトギスやキンランやジュウニヒトエなど、いずれも当時の雑木林などにひっそりと自生していた野の花を、ポットに入れて100円くらいで、障害者達が交替で売っていました。筆者も野草が好きなので、ここに植えたら、増えて群落になりました。

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当時、この野の花たちを栽培して増やし、たくさん提供してくれていたのは、自立に向かってはばたく家準備会メンバーである橋本克己さん(上の写真の前列右端)の父・故橋本己代冶さん(上の写真の後列左から2人目。右の写真の左。その右は愛妻・ミツエさん=克己さんの母。)。「山下さん、水飲んだり、ご飯食べたりするでしょ。草や木も同じなんだよ。水や肥料をあげないと生きていけないんだよ。」と教えてくれた人でもあります。


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写真は、自立に向かってはばたく家準備会のねじろだった黄色い部屋と向かいの店・パタパタへ、武里団地販売から戻ってくる途中の故・新坂幸子さん。野の花のほかにも、バザーで売れ残った品物や市場に出せなくなったネギなど、その時々にもらった品を、交替で売りに出かけ、いくばくかの収入と出会いを獲得していた、1980年代でした。

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今年も咲いたタツナミソウ。四半世紀のちいさな歴史を抱いて。


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