共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS こんな自立生活もある―わらじの会代表・藤崎稔さんの語り

<<   作成日時 : 2017/11/29 23:27   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
藤崎稔です。武里の団地に一人で暮らしています。

すいごごカフェ 11月29日(水) 藤崎稔さん(わらじの会代表)

こんな自立生活もある

 18歳の夏、スウェーデン。全介助でモーターボートを運転し、看護師の妻と暮らす彼に出会ってからのジグザグ、すったもんだのおれ流自立生活を教えよう。

(社福つぐみ共生会職員・内藤純さんとのかけあいによるトーク)


画像

最初は生活ホームオエヴィス(上の写真)に家出をして、それから生活ホームもんてんに引っ越した。
生活ホームもんてんに引っ越してから、自分の部屋にいるときも職員から「扉をすこしあけとけ」といわれ、納得がいかずもんてんを出た。

もんてんをでたいとなって、当時市議をしていた佐々木さんに相談して、一人暮らしをすることができた。
最初は団地公社の人が「あなた一人ではくらせない」といってきたが、「介助もいるのでひとりではない」といって、やっと認められた。


画像

資料→冊子(上の写真)P1 年表に沿って
◆分けられて
・1962.8.16生 出産時にへその緒が首に巻き付き、脳性まひの障害者に。
・1965年(3歳)に東京へ両親と外出―楽しいかと思いきや、北療護園(現・着た療育医療センター)に入所。(以下略)


現在55歳。同級生のアオトさんに教えてもらってわらじの会に参加。(アオトさんは現在、施設に居る。)
画像

スウェーデンの障害者の様子を見て、憧れを抱いた。→これが90年の家でに繋がる。

県リハでご飯が噛めるようになるまでは、お肉も全部噛まずに飲み込んでいた
電動車いすも手に入れた。
画像

山下さんに「はばたく家にいきたい」と電話した。「みんなと相談してほしい」と伝えた。
そこからはばたく家に行くようになった。→資料のP2 P3藤崎さんが書いた文

当時は自分一人で街を開拓して関係を作って行った。中華たけのこではお昼も遅い時間(忙しくない時間)なら食べさせてくれた。ケンタッキーも。
画像

ビデオ屋さんでは、タイトルが分からないから近付くと電動車いすで棚を倒してしまった。
お弁当屋さんでも、メニューが注文しづらいから写真を貼ってくれ、とお願いした。


画像

内藤「なんで高校を受験しようとしたの?」
藤崎「友達が欲しかった」
内藤「どこまでいったの?筆記は?」
藤崎「受験はした。筆記はした。介助者がいないから書けず時間が来た。(名前も書けなかった)」
内藤「先生も何か考えてくれればよかったのにね」

1996年 大阪で一カ月、交換生活をした。「なんかちょっと違うなぁ」とかんじた。
介助者が常に居て、一人にあんまりなれなかった。それがうっとうしかった。
大坂から来た人は逆にこっちで厳しくされて泣いていたらしい。自分も(藤崎さん)「ふくちゃんにあいたいよぉ」と電話して泣いていた。

先に団地で一人暮らしをしていた先輩の野島さんがいた。


資料→P.4 の文章
かいじょしゃのこと
かいじょがいないときは まずは ぱそこんで かいじょしゃさがしをする。
テレビのまえにずーといて、あさまでくるまいすのときもある。(以下略)

介助者が来るまでの間、パソコンの前にいれば連絡ができるが、テレビの前にいるとできない。

画像


日吉「リスクを含めて一人暮らしをしたいのもわかる、介助者に腹が立つこともある。介助者がいるという存在が必要であるにも関わらず、うっとうしいと感じる事がある。自分の中でも助けて欲しいけれど『お前、いらないなあ』と思う事もある」

樋上「21で初一人暮らしをして、自分の家で初めて一緒に寝たのは藤崎稔。今思い出すと山下さんが稔君を連れて来て、僕は入ったばかりで何もお風呂にも一回も入っていないのに、初めて入ったのは稔君だった。山下さんは帰ってしまったし…23才の樋上はなんで25歳の藤崎君とねているのだろう?と思った記憶がある。」「でも晩飯は藤崎君のおこぼれをもらえました。」

内藤「これをいいと思えるというのが、それぞれの今までの暮らしぶりがでる。」

画像


日吉「ひと段落で手話講座を」
画像


〜手話講座〜
「はしもとくんは、きたくにいきました」


画像


P6 FBにヘルプを出してもみんな「いいね!」だけで来てくれなくて怒っている

画像

Minoru Fujisaki
おしっこうがはやくきて
藤崎稔さんと言ったら、排尿と排尿の間隔果てしなく長い!!施設入所の経験から?元からの技?
今、私がいきます。(以下略)


P7 以前、月刊わらじに書いたもの。
藤崎稔の地域生活崖っぷち  話し手:藤崎(春日部) 聞き手:内藤(松戸)
内藤:お題が「崖っぷち」ですが、今の心境は?
藤崎:もうやだ。車イスはこわれるし、からだはおかしいし、泊りの介助者がすくないし、介助者はつまらないし。
内藤:介助者がつまらない?
藤崎:むかしは、日曜日もいっしょにそとへでたいとおもう学生がいた。(以下略)


P9 願望
Minoru Fujisaki
きょうはなにかないかな?うちにいてかんがえて、おれは、日曜日だけ女の人をかって、いちにちあそんだいして、映画をみたり、買い物をしたり、話しをして、女の人をかって、いちにいち、1,00,00000万かって、それから、おれが夢を見ました。
まちはふゆです。(以下略)


P10 大学にビラを貼ったりしている。なかなか介助者がみつからない現状だが。
Minoru Fuisaki
ほっとプラスの、会議
ほっとプラスの、会議のなかで、生活ホームをたちあげて、しょくいんがやりますから、おれは、ちょっとまって、しょくいんがたいへんな、しごとがおおくなるから、かんがえてなんでみんなで、ひとたちはちいきをひとにたのんでビラとか、大学にビラをまかないの、?おれは、そうふにおもいました。

註:ほっとプラス……藤崎さんが理事に名を連ねている反貧困の社会づくりをすすめるNPO法人

内藤「どこまでまじめでどこからふざけているの?」
藤崎「笑」

画像

日吉「藤崎さんの資料を読んで『介助者がいるよさ、いないよさ』があると思った。介助者がいれば、介助者がやれという空気になる。自分で切り開いて行くのがすごい。辛いけれど面白いというのが見え隠れする。制度があっていいのか悪いのか。あんまり制度が整い過ぎてもよくないのかな、と考えさせられる。」

画像

れいこさん「昔から知っているけれどじぶんはまだ親もとを離れずに生活していて、親も高齢化している中、やっぱりふじさきさんはすごいとおもった。ばかなことやってるなとおもいますけど」

画像

藤崎「俺だってめちゃくちゃやりたかったわけではなく、山下さんがやりなさいといった(怒)」
内藤「お母さんとずっと一緒に暮らしたい?」
藤崎「うん」

ひがみ「藤崎、樋上、・・・もはや4人が一番古い人になってしまったのだなと思った。ガタはきている」

内野「銀行の人と知り合いできいた。藤崎さんが銀行に来たら担当者が対応しているらしい。紙でいくら、おろす、というのをやりとりする。車いすの人と接した事がなく、最初は対応に困ったがとても勉強になった。さいたまりそなの武里支店のひと。」「酒屋さんにいったエピソードもあって、買うお酒も分かって、配達もしてもらって、最終的には実習もさせてもらったらしい。すごい。」

内藤「うっかり年末年始の介助者とパチンコに入り浸って生活費や介助費も使いこんじゃったこともあるけどね」

黒田「本人が介助者を決めるというけれど、決まらなかった場合どうするの?一晩ひとりなの?」
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い 面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
こんな自立生活もある―わらじの会代表・藤崎稔さんの語り 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる