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zoom RSS 分離教育システムを前提 合理的配慮の名による排除の固定化 「ユニバーサルな教育」

<<   作成日時 : 2016/06/02 23:33   >>

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5月22日(日)の「季刊福祉労働150号記念講演会&シンポジウム」に行けなかったが、編集部から律儀にも賛同金の礼状とともに当日の資料集が届いたので、今日読んだ。どの子も地域の公立高校へ埼玉連絡会事務局の竹迫さんからざっと聞いていた通り、面白い集会だったようだ。

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 とりわけ資料集の中で興味深かったのは、1977年東京都生まれの小学校教員・宮澤弘道さんの発言要旨。たとえば以下。
 「誰もが学べる授業(教育のユニバーサルデザイン化)と称し、学習のきまりや発言のきまり、授業の流し方まで画一化させ、そこになじめない子どもは『ここまでやったのに無理なのだから』の言葉の下に、通級指導学級や特別支援学級、特別支援学校などに送り込まれてしまっている。言うなれば、学校教育において使われている「ユニバーサルデザイン化」とは「特別支援教育の法則化」であると言える。」
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 そうそう。埼玉県教育委員会でもそんなパンフを出していたなと思って、HPを見たらあった。「特別支援教育の視点を加えることで、『気がかりな生徒』のみならず、全ての生徒に充実した支援ができます。」と書かれている。
 宮澤さんの言うように、これは分け隔てられた教育の場を前提として、通常学級での許容条件、裏返せばこれでもダメなら排除されてもしかたがないという基準をソフトに示したものといえる。

 宮澤さんは「季刊福祉労働」146号で、自分の学級に「発達障害」という枠に括られた児童が約2割いるが、特別な配慮は行ったことがなく、その代わりに「学校・学級ルールの見直し・精選」(整列の撤廃、授業の挨拶の撤廃、自分を『先生』と言わない)と「民主的な学級経営(人権尊重)」を行ったと書いている。それによって、「こちらからルールを提示しなくても、大人の考えを上回る素敵なルールを子どもたちはつくり上げます。様々な特性のある子どもたちに対しても、私たち大人がする以上の『合理的配慮』を行います。」と。
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 上記の教育委員会のパンフに関連する記事をネットでみつけた。「一人一人の学びと学校生活を支える『特別支援教育』の実現を」と。筆者は「埼玉県特別支援教育研究会長 服部純一」とある。どこかで聞いた名前だなと思ったら、10数年前、わらじの会・TOKO(どの子も地域の学校へ・公立高校へ東部地区懇談会)でやりあった越谷市教育委員会の担当だった人ではないか。
 「それぞれの子どもが抱える『難しさ』や親や担任の『困り感』を理解し、適切な把握がまず大切です。」とある。「ユニバーサルな教育」と称して、学校という社会の「困難」や「困り感」を、子ども個人の問題に還元する発想は相変わらずだ。

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 その次のページに「埼特研究 第52回研究協議会東松山大会 基調講演より」として、「『特別』ではない支援教育 それが通常学級のユニバーサルデザイン」と題する植草学園短期大学教授・佐藤慎二氏の文章がある。その冒頭に「医療ミスの如き教育ミス」と題して、「一度に二つの指示をうまく聞き取れない子ども」に注意を繰り返すことにより、その子が意欲を失うか、反発する例を挙げている。それを「医療ミスに匹敵する『教育ミス』」と称している。

まさに医療モデルにほかならない伝統的な発想が、「ユニバーサルデザイン」の名を冠して復活しつつある。
 この時代の危うさの中で。
 そして、この発想は、障害者の就労支援のありようにもつながっているのだが、それは稿を改めて。

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