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zoom RSS 障害(しがらみ)の破壊力―ドン・キホーテはいま 〈第4回にじさんぽセミナー) 報告1

<<   作成日時 : 2016/01/29 08:51   >>

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 第4回にじさんぽセミナー「僕の生きる道」は面白かった。第1部 基調講演は筆者の「障害とは―3冊の本とたどる時空」だったが、そのことを言っているのではない。そこでの出会い、そして語り合いが面白かったのだ。

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 特に、第2部 講演「僕の生きる道」である。上の写真・左の湯浅和則さんが、右のにじさんぽ副代表・柳沼恵美子さんのインタビューに補われて語るてんまつが、会場の驚きと笑いを巻き起こした。

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 新潟県新発田市出身。生まれつきの股関節脱臼があった湯浅さんは、小学校時代から集団生活が苦手で学校から養護学校を勧められ、そして本人もそちらへ行きたいと言ったが、両親は社会人になってから困らないようそのまま行きなさいとk答えた。中学校時代は登校拒否し、やはり養護学校を勧められた、しかし担任は定時制を勧め、自分も行きたくて受験し、合格した。高校ではこれまでと打って変わり、生徒会活動、勉強、部活、バイト等で忙しかったが、充実していた。卒業後はスーパーに就職した。

 
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 20歳頃、勤務中に長時間の立位や重い荷物を持つことができなくなり、営業職に移った。障害が進み、25歳頃には和式トイレが使えないほどになる。翌年、県の更生指導所に入所し、股関節の保護と行動範囲を拡げるべく、車イスを使用する生活となる。そして、27歳頃、就職が決り、退所する。

 32歳頃、睡眠障害、幻覚、幻聴が出現し、祖母、母に暴力を振るうようになるが、病院受診を拒んだ。けっきょく家族により強制入院させられる。その後、家族はみな家から出て、自分一人だけが実家に戻り、月8万円の仕送りをしてもらって一人暮らしをするようになった。

 36歳頃、神経筋疾患や重症心身障害などを含む障害医療のセンターである国立病院機構さいがた病院へ行ったことがきっかけで、安積遊歩さんの講演を聴き、自立生活センター新潟を知る。

 2008年、37歳頃、自立生活の道をめざし、TVで知った埼玉の団体に相談すべく、新幹線に乗る。しかし、慎重な余り、約束より3日前に東京駅に着いてしまい、上野まで車イスを漕いで行き上野公園で野宿する。え?!

 翌朝、上野公園で野宿するのには縄張りがあるようだと気づき、東大病院なら泊めてくれるかと考え、坂を漕いで行くが、断られる。団体に電話するが、アポ二日前で予定が入っていて対応不可能だったため、けっきょく教えてもらった役所に相談に行く。本日の語りで、参加者がいちばんびっくりし、かつ笑ったのがこのくだり。

 そして、窓口で対応した担当者はとつぜん舞い込んだ彼に当惑しながらも、緊急対応できる施設を探してくれた。しかも、なんとその施設では施設長自らが夜間も含めて介助をしてくれたという。湯浅さんの捨て身攻撃に応えてくれる人間がいたのだ。

 それから7年経つが、現在は施設長ではなく、巡回型のヘルパーに昼夜を問わず2時間おきに入ってもらいながら、この施設で生活しているという。

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 筆者は、上の写真のように越谷・水辺の市でにじさんぽの店を手伝いに出かけて来る彼に会い、できればホームを出て地域で暮したいと語る彼とおしゃべりする程度のつきあいだったが、こんな経緯があったことを初めて知った。

 家族に暴力を振るい、家族のほうが家を出て、結果的に一人暮らしを始めるというくだりは面白かった。

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 湯浅さんとちがって、いつも一晩かそこらのことではあったが、あの橋本克己画伯の暴力が爆発した時の一家も、全員避難生活に移行した。
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でも、一人になると、それまで荒れ狂っていた画伯はとたんに落着き、風呂にゆっくり入って眠るのだった。上の写真は、わらじの会と出会う直前、すなわちまだ画伯になる前の画伯。日赤の看護師さん達と。

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 その一時避難を最初に敢行した時、家族も私たちも、画伯が荒れ狂って破壊行為がエスカレートしたり、うっかりして火を出したりしないか、心配だった。なにしろ、当時は長屋暮しだったから、近隣を巻き込む大惨事にならないかと。おそれのあまり、筆者と当時の市の担当ケースワーカーの正木さんで、一晩中家の周りを巡って、中の様子を見ていたことを覚えている。しかし、杞憂だったのだ。ひとりの家でぐっすりと眠った画伯は、朝になって愛車・チェーン式手動車いすを駆って街へ出かけて行った。

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 いまは亡き金井康治さんの場合は、大人になっても本人の親離れが難しかったため、親の方から家を出たと聞いている。
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 埼玉障害者市民ネットワーク・野島久美子さんの場合は、父親が「施設に入ってくれないのなら、お前を殺して俺も死ぬ」と首を絞めそうになったので、怖くなって家出をしたのがきっかけで、現在に至る。写真中央は家を出て間もない頃の彼女。

 湯浅さんの場合、家族避難による結果的な一人暮らしに終わらず、ドン・キホーテのような自立生活をめざす冒険に出立する。そこも、橋本画伯のいつも数時間から半日程度のドン・キホーテ的冒険のくりかえしと通底する。
 
これから、第3部のシュバルツ あずささんのドイツでの体験にふれ、さらに第1部の筆者の「障害とは」にさかのぼるつもりだが、またまた長いブログになってしまったので、ここらでひと休み。続報にゆだねることにする。
http://yellow-room.at.webry.info/201602/article_4.html

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