共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS 少子高齢社会をカラフルに―第38回わらじ大バザーに集った人々

<<   作成日時 : 2015/10/20 21:57   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
 38年目のわらじ大バザー。会場はホームグラウンドの武里団地。

画像

タイトルに「カラフル」と入れたとおり、障害、病気、困窮他の有無はもとより、国籍、世代、性、年齢をこえたさまざまな人々が秋空の下、そこにいた。

画像

前夜、バザー物品の搬入が終った後の会場は真っ暗。その片隅にランプがともり、10人ほどが語り合っていた。初期には屋内でやっていたバザーを野外に移してから、毎回前夜は何人かが泊まり込んで番をしている。遅くまでいて帰る人もいれば、遅く来て泊る人もいる。
画像

この夜は、他県で障害者施設の職員をしているTAくんがいた。彼は小学校低学年の頃、お母さんと一緒に会の行事に参加した。大人になってから、わらじの会のパタパタの職員になった。結婚して、埼玉を離れる。去年のバザーは、施設の後輩職員を何人か誘って参加していた。管理職になった今年は、誘いにくいのだと言う。
画像

そこへ配管の会社で監督をしている(?)SIくんが来た。彼も小学校の時、いまは社福・つぐみ共生会の理事長を務める吉原さんの甥っ子たちの友だちとして、会の行事に参加した。夏合宿などで、ごく自然にさまざまな障害者たちと出会う。高校生時代は、テキヤさんの手伝いをしたり、バイクで高校の周りを走り回り自爆したり、にぎやかに過ごし、たしか1年よけいに通う。その間も、月刊わらじに書いたり、集会に顔を出したりしていた。今夜は、美容師のお連れ合いも、仕事帰りに顔を出した。

画像

明日のバザーの昼にプロレスを行う水上さんも立ち寄る。明日のために短い予行演習も。

画像

そんな風にして夜が明け、バザー本番となる。
画像


ここ10年余りはバザー会場の一角に、TOKOと職場参加をすすめる会の相談・交流コーナーを設置している。子どもがまだ小さい親は、学校や教育委員会から専門的な支援を受けないと後から後悔しますよなどと言われると悩む。でも、バザーに来て、さまざまな障害をもつ大人たちと出会えば、脅しに過ぎないとわかる。就職して働いていたり、就労支援を受けている障害者は、他人の介助を受けながら地域で独立した生活をしている重度障害者がいることを知らず、給料を丸ごと親に渡してお小遣いをもらっている人も多い。バザー会場でいろんな人々が出会えればと思い、この小さなコーナーをもっている。
画像

 今年は、TOKOの親・藤ヶ谷さんが手作りしたかわいいマスクなどの品が並んでいる。その前でバザーが始まる直前、筆者が運営委員として関わる精神障害者尾自立生活をすすめる会の運営する近所のグループホームの世話人さんと入居希望の人と会う。ここで会いたいと言ったのは筆者。この団地の近所に住む彼女は、母が亡くなり一人暮らしになり、先行きを考えグループホームに入居希望。人と会うと疲れるので、めったに外出せず、週1回の訪問看護を受けているのが主な社会との接点。「この公園は昔痴漢が出るので、大きな樹をみんな伐って見通しをよくしたんですよね。」などと話していた。グループホームといっても、周りの世界から保護された安心・安全な場ではなく、入居者と少数の支援者が地域と関りながら、それぞれの生活を進めて行く場。それでも入居したいのでしょうかと問うたが、入居の意志は変らないと。今日はこんなおおぜいの人の波の中に見えて、すごく疲れたと思うが、直接の支援に入らない私がそれでも運営に関わるとは、こんな形でしかないし、筆者のような人間が関わるグループホームなんだとイメージの中に加えてほしいと思い、あえてここで会いたいと世話人を通して伝えてあったのだ。

画像

さらに、書籍、そして有機農業者の倉川さんからカンパしていただいた朝どりの空芯菜、内牧の柿、それに越谷・水辺の市で一緒に動いているイシジマフーズさんの越谷ずんだ饅頭とロールケーキの販売もした。

画像


 今朝、特別支援学校の元教員の竹迫さんが、会場で卒業生Nさんに出会い、このコーナーに誘ってきた。彼女はグループホームに住み、スーパーで1日6時間働いている。彼女の住むグループホームは、べしみに通うAくんが住んでおり、バザーの情報を得たようだ。職場参加をすすめる会のメンバーで高齢者施設で働いているGさんと、一緒に店番をやってもらった。
画像



バザー終了後、会場近くで、アミューズメントセンターに特例子会社社員として働くKさんに会った。Kさんは現在県営団地に住んでいるが、前は同じグループホームにいた。同ホームの世話人が、Nさんがバザーで店番をしているからあなたも来てみればと電話したらしい。
 
画像

 バザーが始まって間もなく、TOKOのコーナーに来た白岡に住む一家を、竹迫さんが紹介してくれた。障害のある小学校に入学してからずっと付添をさせられていたが、竹迫さんや藤ヶ谷さんと相談して学校と話し、ようやく付添をしないですむようになったという。

画像

一家は、TOKOの隣のゲームコーナーで、NPO法人ファミリーリンクこしがやの出村さんが子ども達を誘ってやっていた何かを作って遊ぶコーナーに参加していた。

画像

 先日世一緒で橋本克己展に併せて行った午後のトーク、月曜のゲスト・倉川典子さんは、食器コーナーにいた。その隣に、県立公園で障害者枠で働くYくんのお母さんが店番をしていた。さらにその向こうには、世一緒で水曜だけ調理担当で働いてもらっている肺気腫の元板前のSさん。

画像

 木曜日のゲストトークにお招きしたにじさんぽの二人は、前に勤めていた大学の同僚を誘って初参加。こじんまりした越谷・水辺の市の実行委員仲間。バザーに初めて参加し、「こんなすごいノウハウがあるのなら、水辺の市に活かして下さいよ」と言っていた。

画像

連れ合いが「わらじバザーって村祭りだよね」と言う。「年に1回この日だけは、町に出て行った若い人たちが、孫たちを連れて里帰りする…」と。

画像



比喩ではなく、何組もそんなケースがある。わらじの会の周辺にとどまらず、団地住まいのお客さんからもそんな話を聞いたことがある。

画像

上の写真の売り子は、遠く熊本からバザーの為に里帰りした元パタパタ職員・金子さん。月刊わらじに「続:林檎の溜息」を連載中。長野からも、元ふくしネット(新座市)職員のスブちゃんと子ども達が、泊りがけで参加している。


画像

 若い人同士の再会もある。中学のクラスメートが久しぶりに顔を合わせる。看護現場で働く若い母は、小学生の頃この武里団地のバザー会場近くに住み、前日搬入した物品の盗難防止で泊まり込んでいる面々の周りで遊んでいた。高校生の時、橋本宅手話会に参加。もう一人は、今年になって世一緒に関心を持ち訪ねて来たり、月刊わらじに寄稿したりしてくれた青年。

画像

 わらじの会の初期に関わった人たちにとっては同窓会のような感じもある。38年たつと、かなり多くが故人になっている。年1回この日に来るだけの人はけっこういて、そこにいない人たちのことも含めた近況を交換している。
ずっとわらじの会と縁が切れていたが、たまたますぐご近所の家に障害のある娘さんがいて、彼女の自宅に会の他のメンバーが集まり、わらじ大バザーへの物品提供をにぎやかに呼びかけたので、それを機に彼女一家と話してバザーにも参加し、荷物を運んだりしながら、旧交を温めた人もいる。

画像

  初期だけでなく、さまざまに異なる時代の空気を共有した連中がやってきて、当時を、そして近況を交換し合う。その意味では、わらじ大バザー会場が、動く一日歴史資料館ともいえる。ジオラマではなく、実際にここ40年近くさまざまな障害のある人々を含む地域の住人たちがせめぎあいながら歴史を切り拓いてきたその歴史遺産のただなかで再生される歴史資料!

 障害のある人たちがうつむいてひっそり生きることをやめ、ひらき直って生きることで、障害のないさまざまな人々も変る。わらじの会のケアシステムわら細工事務局長で、JIL(全国自立生活センター協議会)事務局員も務めた故・糸賀美賀子さんの御両親は、今年もご近所を誘ってバザーに来た。お父さんは、先ごろ民生委員の再任用期間を終えたが、その後も振り込め詐欺被害の支援活動に関わっていると話していた。

画像

  泊り介助に入っていた県立大の学生などで卒業後、別の土地で働いている人たちが久しぶりに顔を見せる。「暮れあたりにまた泊り介助に来るかも」と言う。

画像

そうかと思うと、熊谷から通学していたが越谷に就職が決り、こちらで一人暮らしするのでかえって近くなると喜んでいるMさんもいる。他人の手を借りて地域で生きる障害者達の存在が、ミニUターン、ミニIターンの契機となっている。

画像

 浦和の虹の会の加納さんが今年も来ていた。「どんなに障害が重くても地域で暮すのがあたりまえ」との方針で活動する同会は、地域の人々からいただいた品を恒常的に販売する「にじ屋」という店を運営している。

画像

 埼玉障害者市民ネットワーク代表の野島さんに、若い電動車椅子ユーザーを紹介された。川合さんといい、全国障害学生活動支援センターの活動スタッフの名刺をいただいた。彼女は寄居町の出身で、小・中は地元の通常学級で学び、公立高校を卒業したという。昨年7月に埼玉を離れ、東京・杉並区で一人暮らしを始めたとのこと。野島さんがDPIで会い、誘ったという。また会う機会があれば、学校の体験を詳しく聞きたい。

画像
 
 このわらじ大バザーの昼の時間帯に、もう10数年「水上プロレス」の興行が行われている。さまざまなマスクの勇者たちが売り場まで侵入し、奇想天外なファイトを展開する。はるか昔、シルクロードのオアシス都市の芸能民たちの群像を彷彿とさせる。彼らの闘いを追っかけるファンもいて、毎年のように動画がネットにアップされている。 ちなみに、主宰者の水上さんは、子どもの頃から現在まで武里団地に住んでいる。
画像

 筆者はこのところずっと、「水上プロレス」を見逃している。ちょうどその時間帯に、四半世紀以上前、県知事応接室に一緒に泊まり込んで、その後定時制高校入学を果たし、ホットな高校生活を送ったHさんを、他市にあるグループホームまで迎えに行っているからだ。でも、今年は最後の集合写真の時に間に合った。ラッキー。

画像

 ぬいぐるみのクマが持つ 「TOKOおしゃべり会」の小さな幟の先に赤とんぼが止まっていた。秋の団地。見上げれば青い空。

画像

 糖尿病が進行してふだんは厳しく食事制限していて、わらじの会の夏合宿の時だけは、支援者も「まいいか」ということで、両手に食べ物を持って激しく食べていたTさんが、バザーの終り頃、パジャマ姿で車イスを押されバザーに。なんと、この会場の隣にオープンして間もない病院に入院しているそうだ。「合宿に行って腹いっぱい食うぞ!という気持で」と注文付けて、記念写真。硬い表情がちょっとゆるんで目が笑った。

画像

 毎年衣料品の売り場を担当している連れ合いの話では、「おじさん、おばさんのお客がすごく多くて、夫婦連れや一人で背広やジャンパーをたくさん買っていた。」とのこと。また、フィリピンの人が来て、「わー安い」と言って、やはりたくさん買って行ったという。「小柄なので小さい服がよく似合うのよ」と。

画像


 また、これまでは比較的人気がなかった靴やバッグ売り場も、たいそうにぎわっていた。超高齢社会、悪くない。

画像

 出店者の中に、「団地コーディネーター」というひときわ大きな幟を立てたコーナーがあり、母ちゃんたちがいた。挨拶すると、リーフレットをくれて、どうぞ一度来てくださいと言われた。UR都市機構からの受託事業で、週1回の電話(月300円)や外からの見回り(無料)のほか、相談、共同購入、イベントの案内などを団地住民自らで行っているらしい。他人の介助を入れて暮しているFくんの棟のすぐ近くにオフィスができたらしい。今度のぞいてみよう。
 
画像

 夕陽が会場を染め始めた頃、ヴェールをまとった女性客の一団が日用雑貨売り場にやってきて、風景が華やぐ。
画像

「向こうではこれが100円だったよ」などと、値切り交渉を行い、活気が増す。

画像

 終了30分前、衣類売り場ではビニール袋300円詰め放題が始まり、並んだお客さんが一斉に詰め込み作業を始める。その姿が、人々の暮らしを残照の団地にくっきりと刻みこむ。わらじ大バザーが今年も終る。
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
少子高齢社会をカラフルに―第38回わらじ大バザーに集った人々 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる