共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 市教委との話し合い― 人と人が出会い・せめぎあう場としての学校・職場・地域

<<   作成日時 : 2014/05/24 11:34   >>

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TOKO(わらじの会・どの子も地域の学校へ・公立高校へ 東部地区懇談会)では、毎年地元の2市の教育委員会と話合いをもっている。今年も5月22日、23日に行ったばかり。その写真を今年は撮り忘れたので、去年の画像を代りに…と思ったら、毎年撮り忘れていて、なんと10年余り前の画像しかなかった(冒頭)。悪しからず。なお、この時は12月に行ったが、年々就学相談が早くなっているため、最近は5月ごろ行うようにしている。

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これは今年5月11日に行ったTOKO野外おしゃべり会のスナップ。ここで、市教委への要望書案の説明、意見交換も行った。以下が今年の要望書の要約。

                         要 望 書(要約)

1. 就学先決定の基本方針の確認
 2003年以降確認に沿い、貴委員会における総合的判断の基本方針として、本来は障害のある子もない子も基本は地域の学校であることを確認してください。

2. 就学相談と就学指導委員会について教えてください。
@ 最近5年間分の就学判定結果と実際の就学先の状況
A 就学指導の手順が新しくなったなど、就学指導の在り方に何か変化があったか。
B 就学支援委員会の判断と本人・保護者の希望が一致しない場合、他の子どもと同じ日に通常学級への就学通知を出したか

3. 就学時健診について
 就学時健診は市町村に実施義務があるとしても受診義務はない事を周知してください。また、就学時健診結果が就学支援委員会での就学先決定の資料とされているかどうか教えてください。

4. 付き添いをなくすための環境整備を
 付き添いの強要は行わないことを改めて確認してください。そして、合意の上であってもナチュラルサポートとして早期に学校に全面的に任せられるようにできるよう、環境整備を行ってください。

5. 地域の学校に戻れるような居住地交流の推進を
 2003年には、特別な場で学ぶ子どもも本来は地域の通常学級で学ぶべき子どもとしてとらえ、出来る限りそこに参加していけるように努力することも確認されました。しかし、私たちに寄せられる相談では、希望しても実現しない、実現してもごくわずかな回数だというものが多いようです。また内容も行事の参加でお客さん的だったというものも多く聞きます。まして、本来の地域の学校に戻ったというケースはほとんど聞きません。昨年度の居住地交流の実績や転籍の実績を教えてください。

6. 公立高校を共に学ぶ場に
 どんなに重い障害があっても基本は地域の通常学級が基本であり、実際に小中学校で共に学び育つことが積み重ねられれば、その先には当然のこととして高校生活があります。障害があっても高校に一緒に行けることを、貴教育委員会からも十分に障害のある生徒、親、教職員に伝えてください。その上で、通常学級、特別支援学級それぞれから、公立、私立高校に進学した例があったら教えてください。また、県からは高校進学についてどのような指導があったか教えてください。


 この要望書に基づいて行われた両市教委との話し合いの中味については、別の機会に譲る。筆者がそこで市教委に理解を求めたポイントは、分けて教育・訓練をする方式は分けられた社会を拡大再生産するだけだということに尽きる。
 昨秋学校教育法施行令が改正され、22条の3別表にある障害種別・程度に該当する者は一律特別支援学校が適切という従来の方針は修正された。しかし、その別表がなくなったわけではなく、ただ本人・保護者の意向を尊重して教委が総合的に判断して就学先を決定することになった。小さな子を持つ親が迷い、悩むのはあたりまえであり、お子さんのここが問題と指摘されればなんとかしてあげたいと思うし、将来二次障害が心配と助言されれば早いうちに適切な指導をと考えるのは人情だ。だから、この改正がねらう効果は、親たちのそうした不安に応える形で、おしつけではなく自由意志的な装いを以て、より効率的に分けてゆくことにあろう。

 だが、そこで決定的に欠けているのは、障害のある子たちと引き離されてしまう他の多くの子どもたちのことだ。手で視る子、からだでしゃべる子、目配せで他の子の手を借りる子…いろんな身ぶり、しぐさに誘われてからだを動かすことが体験できなくなる子供たちのことだ。結果的に「同質集団」の幻想が強化され、そこから浮き出す「発達障害児」がクローズアップされ、特殊教育から特別支援教育への衣替えが行われた。発達障害者支援法もできた。より早期からの、そして就労支援等を含めた、総合的な支援が必要だと語られる。

 ほんとうに考えるべきなのは、22条の3別表の「障害」児と分けられ、「発達障害児」と区別されてしまったその他の子どもたちの「不幸」(北村小夜さん)だ。彼らの目には社会がしすてむ情報やメカニズムのネットワークとしか映らず、いろんな人が相互に関わり合う場だということがわかりにくくなる。必要な情報を収集し、判断し行動する力がなければ生き抜けないと思いこまされる。

 以下は、そんな感想を抱いて帰って来た22日のfacebookから。

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 午前中市教委と「共に学ぶ」をめぐって話し合い、職場参加ビューロー・世一緒(よいしょ)に戻ってきたらこの顔ぶれがいた。

 私立高校を卒業後OL生活中に統合失調症になりいまも時々幻聴があるCさん。

 特別支援学校卒業後、企業就労しているが、先日心臓手術をした後、職場復帰前の体ならし、そして「関係ならし」に世一緒に来ているYさん。

 県立高校卒業後、就労するがラインのスピードについてゆけずすぐ離職…といった繰り返しの後、いまは車イスの障害者の介助に入るなどしながら、世一緒で付き合いを広げているRさん。

 幼い頃から親の離婚などで家庭に居場所がなく、特殊学級に入れられたのが嫌で不登校になり、祖父母の家に身を寄せ、非行で警察の世話にもなった後、企業就労したが人間関係で辞め、生保を受給して生活ホームで暮しながら、いまは児童デイサービスで働き始めたTくん。

 市教委は「本人一人一人が最大限の力を引き出せるように」分けて教育するのだと言う。なんのためか?社会で生きる力を身につけるためだと言う。

 社会とは、まず周りの人々との関係だ。幻聴がある人、遅れる人、傷ついた人…いろんな人が一緒にいることなしには、互いにつきあい方がわからない。周りの人たちが本人を知らず、つきあい方がわからなければ、本人が最大限の力を発揮しても空回りだ。だから、分けないことがあくまで基本。

 そんな空回りをさんざんさせられ、袋小路に追い詰められながら、でもいつの間にか居直り、それをパフォーマンスのネタに変えて、周りの人々と一緒に生きる技として分かち合いつつあるのが、世一緒。

 ふらりとお立ち寄りを。もしかしたら現代の梁山泊?

 

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