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zoom RSS 楠 敏雄さんを悼んで 「泥臭い、汚いことを抱えた人間が集まって ほんとうの解放運動」

<<   作成日時 : 2014/02/16 23:17   >>

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楠敏雄さんが2月16日逝去されたとの報が伝わって来た。日本の障害者解放運動の幕を開いた全国障害者解放運動連絡会議の生みの親の一人であるとともに、いまもDPI日本会議副議長、インクルネット事務局長、そして 障害者の自立と完全参加をめざす大阪連絡会議(障大連)議長として活躍されておられた敬愛する人物だった。

 私たち埼玉の人間も、楠さんからどんなにヒントや励ましをいただいたことか。

 ありきたりの追悼の言葉はほしくないだろう。

 楠さんとともに全障連を立ち上げた一人である八木下浩一さんと、その昔大阪でお会いし、語り合った記録の一部をここに捧げたい。以下は、「社団法人埼玉社会福祉研究会(現・埼玉障害者自立生活協会)」設立準備会機関誌「通信」NO.56(1991年10月6日発行)に掲載した「楠 敏雄さんに聞く」4 より)。


連載  楠 敏雄さんに聞く 4

全国障害者解放運動連絡会講(略称・全障連)代表幹事の楠敏雄さんに、昨年暮れ、八木下、山下がインタビューした内容、今回で最終回です。
 初回は全障連結成時の状況、二回目は、日本の障害者運動の政治的系列化の問題、および
世界の障害者運動の中での日本の特殊性を、それぞれ話していただきました。
 そして、.三回目は、特に私達が関心がある「生きる場・作業所」運動との関連で、結成
から今日までの全障連の運動の歴史をふりかえっていただきました。
 さて、最終回の今回は、アメリカから学びつつ全国的に取り組まれ始めている「自立生
活運動」についての評価と、これからの全障連について話していただきます。

Q 組織から運動の問題まで入ってきましたが、80年代半ばからアメリカの自立生活運動を担う障害者達との交流が盛んになり、昨年、今年と自立生活問題研究全国集会も開かれるに至りましたね。その中で、たとえば日本の社会に根差した自立生活プログラムとは…といった論議もされているわけですが、そのへんについてはどう評価されていますか。

楠 たしかに、部分的には取り入れられるものがあると思いますね。個々の障害者の自立というものはね、かなり意識的に関わって、その方向性とか意識性とかを、考えていくことは大事だと思うんです。しかしね、それをプログラムとして、パターン化させるのは、ぼくの趣味ではないですね。
 そういうのは、実施主体が変わると、いくらでも国に管理されてしまうおそれもあるしね。アメリカの方法論だけがとりいれられて、それを育てて来た運動は十分に学ばれてはいないですね。アメリカの中心的な部分は、かなり公民権運動などに影響されて、差別の根絶のための徹底的な闘いをやってきているんですね。バスに身体をしばりつけちゃったり、連邦政府の建物を占拠したりしながらね。そういう行動力や政治力も含めて、アメリカの障害者に学ぶというのならいいんだけどね。
 いまのアメリカ社会のかなり個人主義的な傾向を、とりいれただけではね。だから、「自己選択」、「自己決定」の次に「社会連帯」というものを持たないといけないと思いますね。
 アメリカの自立生活運動では、権利擁護ということを言っていますが、アメリカに学ぶというなら、少なくともそれを欠落させてはだめですね。
 しかし、日本で、こういうアメリカの影響を受けて、地域で自立していこうという障害者が増えてきているのだから、全障連にかかわる障害者たちも一緒に考えていくべきなんですね。のめりこむ必要はないですが、無関心では困るんですね。
 全障連に結集している部分は、自分らは融和的団体ではなく反差別の団体なんだという自覚があるわけね。「孤立を恐れず…」みたいだけど、孤立してはいけないと思うんですね。「自己選択」、「自己決定」ということで出てきている部分と一緒に考えて行けなければ…。そして、地域に根を張ろうとしなければいけないと思うんですね。運動に責任を持とう、とぼくは最近言ってるんです。

八木下 ところで、70年代、バンバン激しくやっていたぼくたちの世代の障害者たちが、いま個人主義的になってしまっているところもけっこうあると思うんだけれど、楠さんはどう感じる?

楠 やはり、我々の場合、個別闘争から出発して来たというスタートの問題があったと思うんだよね。「○○支援闘争」という…ね。いまでもそれは残っていると思いますね。初期はね、個々の障害者のめざめから始めるという意味で、それはやむをえなかったんですね。しかし、組織的な広がりをつくろうとすれば、個々の障害者の別々のテーマでなく、共通のテーマで組織化していかないとね。自分の生活の問題を「お前にも関係あるんだから来い」と言っても、それはやはり続かないですね。
 けっきょく「○○支援闘争」というのは、その○○さんという、かつがれた主体がこけたら、みなこけてしまうんですね。結局は広がらない…。一見派手に見えるけれど、限界があるんです。
やはり、いま共通の目標で地域に組織をつくることが需要ですね。地域の人々や労働組合に働きかけていくためにもね。大阪などではいろんなイベントにどんどん作業所が出て行って、ビラまきしたりいろいろやってますけど、そういう形で、地域をそれから人々を変えていかないとね。

八木下 そのへんは、埼玉でも大阪と似ていると思う。自分の生活を支援する人間を増やすということじゃなくて、共同で支え合って地域に組織をつくっていくということだと思うわけ。

Q 最後に、全障連のこれからの活動のポイントと思われることを話してください。

楠 一つは、障害者解放運動の路線の問題についても、方向性はどうなのかと、相当シビアに議論していくことですね。
 そう一つは、介入路線というか、意識的に既成の組織に入りこんで、仲間をつくっていくこということですね。どの部分と連帯するのか、どの部分に基盤を置くのかをはっきりさせていかなくちゃいけない。
 そうして、やっぱり、各地で頑張っている障害者が倒れたら、それで解放運動が終わりになっちゃうかもしれない今の不安定な状況を変えていくということですね。

八木下 ぼくはこう思う。90年代の展望として、地域でもっと行政闘争をやっていくこと。
 そして、団結が必要だ。弱いものを支えていくという団結。一部の人ばかりよくなるということでなくてね。行政にプレッシャーをかけて、制度を変えさせていかなくちゃいけない。

楠 ぼくは、国の制度については、あるものは改正させ、あるものは撤廃させるという闘い江尾やる必要があると思っています。全国組織の課題としてね。これはケンカの部分ですね。
 それから、もう一つは、国のそういう制度をつくらせながら、それに基づいて、市町村の政策をつくらせていくと。そして、市町村で政策を決定していく段階に、障害者が参加していく力をつけないとね。そうすれば、大衆的にも集まると思いますね。カンパニアだけではダメですね。具体的な成果を上げないと。基本的に、自治という部分に参加をすることね。そういう意味でも地方の議会に出ることも、重要なことだと思います。

八木下 楠さん、変わったね。

楠 たしかに変わった。いまでもケンカするほうが好きなんだけれどね。
 障害者解放運動という原則は変わらないけれど、それを実現する手段は変えていかないとね。
 ぼくは、地域で「自立の家つばさ」という作業所の活動をやっているんですけどね。やっぱり自分の足元を固めていかないとと思ったんですね。そうでないと人に言うのに説得力がないしね。自分自身の内容を豊富化させる意味でも、自分自身が作業所に身を置いて、そこにどんな矛盾があるかとかね。それと向き合いながら地域運動を続けて行ってね。しかも、そこに埋没せずに、方向性をもってやっていくと…そういうことが大事だと思うんですね。
 たしかに歯がゆいことばかりだけどね。パンの生地がどうしたとかこうしたとかね。まず、パンを売っても、障害者の作業所なんだから許させるはずじゃないかとか。でも、やっぱりパンを売っているからには、うまいパンをつくらなければ…とかね。地域運動というのは、そういう細かいことがいろいろあるんですね。そういう泥くさい、汚いことを抱えた人間が、いろいろ集まってやっていくことが、ほんとうの意味での解放運動だと思うんです。 (完)



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