共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 第3分科会「高校からつながる社会」 ダサイタマには同床異夢がよく似合う

<<   作成日時 : 2012/10/08 17:15   >>

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 「みんな一緒だ!サイタマ」と、かっての流行語「ダサイタマ」をあえてタイトルに掲げた第10回「障害児」の高校進学を実現する全国交流集会 in SAITAMA が、10月6日(土)、7日(日)の二日間、嵐山町の国立女性教育会館で開催された。筆者は第3分科会「高校からつながる社会」のコーディネーターとして参加した。したがって他の分科会にはまったく顔を出していないので全体の様子はよくわからない。自分が参加した分科会についても、まだ正確な記録をチェックしてないから断片的な記憶しか残っていない。それでも、facebookにアップした感想めいた文章をここにコピーしつつ若干の補足をして速報に代えたい。
 
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 埼玉の運動は、高校の門を最初に叩いた東京の金井・佐野両君のような全国レベルの旗手を輩出してはいないし、神奈川の河野君のように卒業後も高校で職業実習を十年以上続けるといった鋭くかつ不屈の闘いもないし、千葉のように全県ネットワークで毎年入学者を重ねている層の厚さもない。もちろん大阪のようにこうした運動の前から部落や在日の闘いと関連してみんなで地元の高校に行こうという延長で入試の壁に阻まれた障害のある生徒たちを準高生として受け止めてきたという歴史も持たない。埼玉には状況を鋭く切り裂くナイフのような運動はないにもかかわらず、もう四半世紀にわたり細々とかつ鈍重な運動を続けてきているとiいうことや、養護学校卒業者が多い大人の障害者の交渉等への参加が他地域と比べてそれなりに多いという特徴がある。そんな埼玉の運動を考えると、「みんな一緒だ!サイタマ」は言い得て妙である。
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 冒頭に演じられた山にこもりましょう巡業団による同名(山にこもりましょう)の劇。この劇は、埼玉障害者自立生活協会がかって主催したノーマライゼーションセミナーで、高校に入学した知的障害の生徒のお母さんが報告した記録ほかをブックレットとして出版したが、同協会の障害者の多くが読むのが苦手なので劇にして伝えようと考えたのがもと。県内巡業により各地の客を相手に練習公演を重ね、晴れの大舞台。

私は午後からの分科会「高校からつながる社会」でコーディネーター。レポーターとしてCIL遊TOピアの高橋美香さんと見沼福祉農園の風の学校事務局長で大学教員の猪瀬浩平さん。


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 高橋さんは小学校通常学級だが親の付き添いが条件で、バリアフルな中学校は親の体力がもたないと養護学校へ。


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 猪瀬さんは兄良太さんと両親が地域の公立高校をめざし壁にぶつかり知事応接室に3泊4日泊まり込んだ時小学4年生で一緒に泊りここから通学したが、長じて兄を定時制で切り捨てる名門浦和高校全日制へ入学した頃から運動の場に近寄らなくなる。

http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/10942289.html#more

 高橋さんは養護学校へ、猪瀬さんは超進学校へと、それぞれ他の子どもたちから分けられた道へ。その狭い暗夜行路を歩む中で、片や障害者自立生活へ、片や障害者、学生、子ども、企業人などが寄りあいつつ耕作する見沼田んぼ福祉農園へと、地域の日常を再発見しそこに向かい合う足場をみつけてきた。

二人の話を皮切りに会場の参加者から立場を異にし時には相対立したりすれがいながらの現状報告や意見が噴き出した。

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 わが子を小中高と地域で共に学ばせる中でさまざまな差別を受けながら頑張り、本人は24時間介護でアパート暮らししているがどこまで行っても悩み・不安は尽きない、ただ特別な場ではなく通常学級でやってきたからこそ地域で生きられると言えると語る親。

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 それに対し、自分も小中高通常学級だが中学では毎日リンチを受けたし、高校時代によくわかりあえた友達が社会に出て福祉の専門家になったら「お前がそんなこと言うのか」と愕然とするような専門家然とした言葉を口にする、別学体制はなくすべきだが通常学級がよくて養護学校が悪いなどと比較はできないとする障害者本人。
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 高校教員は障害者の就職支援を放棄する場合も多く、中学教員はただ高校入れればいいというだけではなくその後も考えて関わるべきとする教員。
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 そのように将来を考えられなければ高校行くべきでないというのではけっきょく特別支援学校がいいという話になってしまう、また高校に行ったことと特別支援学校に行ったことのちがいについては言えなくてもよい、分けられてしまうから特別支援学校があるのだからと淡々と語る親。でも、親兄弟が支えていかないと生活が出来ない状況を脱してゆく道はないのか、施設ではない暮らしの場はどこか、その人らしい幸せな生き方とは、といった悩みも口をついて…。
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 教育総体がエリート育成を志向する動きの中でそれについていけない子どもたちが新たにくくりだされ、特別な支援を必要とする生徒ということでそのための高等養護学校が増えてゆく流れがあると指摘する教員。
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 通常学級で小中高学んできた息子は当初いじめられていたが成長して逆に人を殴るようになり警察にも三回留置されている、兄が警察官でまたお前の弟がと言われる、きれいな娘さんのスカートをめくり、そうでない女性には唾を吐きかけたりし、そのたびに菓子折りもって謝りに行く、他人に迷惑をかけるから特別な場へという教員・親が多いが他人に障害を理解してもらわなければいけないんだから地域で生きるべきだといつも話しているという親。
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 筆者は分科会をはじめるにあたって、障害のある人とその支援者・家族という関係の外にある社会のありようを考えたいと言った。札幌で自立生活センターに関わる障害者本人から、高校、さらに大学まで出た障害者も何もしたいことがなく家にいてリハビリを受けているという例が示され、それは障害がない若者にも広く現れている状況の一端ではないかと語られた。それをむりやりひっぱろうとしてもうまくいかないと。自立生活センターや社会的事業所等による個の支援の限界の指摘であると筆者は受け止めた。
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 他にも、何人か、自立生活や共に働く場自体がインクル―シブとはいえない、地域を変えなければという意見があった。個のエンパワメントをこえて、ただそこにいることの大切さ…。いつ終わるともしれない悩み、苦しみの連続であろうとも、その中に希望がある。出口は遠いかもしれないが、明日かもしれない。
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紹介しつくせない面白い生きざまの乱闘がくりひろげられた。報告者が高橋美香さんと猪瀬浩平さんという、「障害児」の高校進学から少しだけ距離を置いた顔ぶれだったことも、土俵を広げる上でよかった。私はときどきしかコメントする余裕がなかったが、これでOKと思っている。もしかしたら、コーディネーターとしての筆者に期待されていたのは、筆者の活動の歴史をモノサシとして意見の仕分けを行いながら今後の展望を導いてゆく手伝いだったのかもしれない。しかし、歴史をきりひらくのは異なる立場の人々のぶつかりあいであり、すれちがいではないのか。

いいではないか、まとめなくとも。偏見でも差別でもいい。思い違いでも幻想でもよい。筆者はわらじの会でやっている「くっちゃべる会」のイメージで進行させた。会では活動の曲がり角でくりかえし「くっちゃべる会」をやってきた。ほぼ全員がしゃべるので、結論をまとめるには不向き。しかし、蛇行をくりかえしながら、川は海へ向かう。

 先の話と同様に、「理解」とは「誤解」から始まる。この同床異夢の場が社会なのだと腹をくくりつつ。下は最後の全体会での各分科会報告。

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全国集会を支えた事務局スタッフたち。偶然にも元三郷の特殊学級のはみ出しっ子と元三郷の特殊学級で教え子をみな普通学級に移し特殊学級をなくしてしまった教員OBが、受付に並んでいる。もう一人は埼玉障害者自立生活協会事務局長。
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今回の全国集会は教組のみなさんが縁の下の力持ちになってくれたことが大きな要素。心から感謝するとともに、今後ともおつきあいくださるようお願い申し上げたい。

 またはるばる埼玉までお集まりいただいた全国の皆さんと、これを機会に情報交換を強めてゆきたい。このブログをご覧いただいた方がおられれば、ぜひそちらの情報をお送りください。

おまけ 

 月刊わらじ10月号表紙より
  
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 月刊わらじ巽優子編集長(中央)が小学生時代お世話になった先生・詫間隆さん(その右)と30年ぶりの再会を果たした!編集長、満面の笑み。

10月6、7日に開催された「障害児」の高校進学を実現する全国交流集会 IN SAITAMA 会場の国立女性教育会館で。

 詫間さんは、定年退職後も非常勤で補助教員として学校現場に入っており、障害児を普通学校へ全国連絡会の運営委員を務めている。集会参加者名簿を見た時、もしかしたらと思ったらしい。たまたま山下編集部員が同室になり、詫間さんが大阪府摂津市の教員として障害のある生徒を受け入れてきた話を聞いたことから巽編集長の恩師であることが判明した。

 1970年代後半、編集長ら障害のある子どもたちが地域の小学校に入って来た頃は、どう受け止めてよいかわからず、毎晩会議を開きああでもないこうでもないとやっていた。母・孝子さんは毅然としており、たくさんのことを教えられたと詫間さんは語る。

 当時の府教組の別学方針に対して共に学ぶを掲げた「15教組」の一員・摂津市教組の取り組みの端緒はここからきりひらかれたのだという。

 詫間さんは33歳の知的障害の娘さんの父でもある。娘さんはグループホームで暮らし企業就労している。教え子の優子さんの編集長としての仕事ぶりも一度見に来たいと詫間さん。


以下参考:
   このブログ

    http://yellow-room.at.webry.info/201207/article_1.html
    
    http://yellow-room.at.webry.info/201204/article_2.html

    http://yellow-room.at.webry.info/201204/article_1.html

    http://yellow-room.at.webry.info/201203/article_7.html 

    http://yellow-room.at.webry.info/201203/article_3.html
 

   福祉農園通信・龍神伝心

    http://blog.goo.ne.jp/fwic3195/e/c2e04dde52df63fcbcc3543a63769da9

  
   晴耕雨読人類往来記

    http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/2012-09-1.html
    



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