共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 「働く障害者に支障が生じた時 ―事業所が行ってきた配慮や工夫例」 沖山稚子さんを招いて

<<   作成日時 : 2011/11/01 20:09   >>

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またまた直前も直前、もう3日後になってしまったが、「第44回共に働く街を拓くべんきょう会」のおしらせ。今回は、冒頭の写真の人・沖山稚子さん(障害者雇用専門員)。

沖山さんは5月の末に、筆者が機関誌編集を担当している社団法人埼玉障害者自立生活協会の総会記念シンポ「引き裂かれた世界からの旅立ち―学校・職場・地域から いま」にシンポジストとして出ていただいた。
 そこで報告のはじめに沖山さんは、次のように語った。
 「私自身は『共に』という話に、共感も理解もできないまま、だからこそ知りたいという思いで、こういう集まりに参加しています。」
 そして、沖山さんは、特例子会社で働く障害者たちの悩みや希望、重度の肢体不自由児養護学校の生徒や家族の生き方への思いを語る。また障害者雇用という枠組みの中での就労支援体制の変化により業務がずたずたになり、自分がやっているところしか見えなくなっていると推移を報告しつつ、そうした中でも自分は就業したいという人を応援し続けると語っている。

 その話を聞いて、ああそうなんだ!と筆者は、半ば合点がいった。分けられてゆく世界のその分岐の先で、人々はあがきつつ、必死で生き、迷いつつ、望みをつないでいる。沖山さんが「共感も理解もできない」という「共に」とは、そうした分けられた場にある人々の生きざまに思いを馳せることなく、ただ通常の学校や職場に、必要な支援や理解を得て入れれば、健常な人々の刺激により本人は伸びるし、周りの人々はやさしくなれるという、一部の親や専門家がもつ「共に」のイメージのことかもしれないと。それなら筆者も、「共感も理解もできない」。

 規格外とされた人々を外へ分け隔てることによって維持されている「通常」・「一般」の場は、たえず新たな人々をくくり出すことによって、その「通常」・「一般」を更新し続ける。分けた場・分けられた場…喜怒哀楽は、どこにもついてまわる。ただ、ずたずたにされている同士は、それらを確かめあえない。大事なことは、、ひとりひとりが沖山さんのように越境すること。越境しあうことで、自他の位置を確認し、相互に発信し合える。発信し、ぶつかりあい・働きあい・暮らし続ける日々が、人々の生きがいやつながりを創りだす。

 沖山さんはまた、異なる障害のある人々が同じところにいると、実はとても生きにくいということを、さまざまな例をあげて指摘している。「共に」が問題解決だと思い込んでいる人への適切な批判だ。障害者も異なる障害のある人に対しては健常者だ。「共に」は、同じ土俵に上がることにより、むしろ対立や差別といった問題を浮上させる。問題解決でなく、問題の共有への一歩だ。障害者と健常者の関係もそうだが、障害者と障害者の関係も、葛藤を通してたがいの、そして自らの変革を目指すしかない。ピアサポートと呼ばれる活動も、そうした矛盾のエネルギーをはらんでいる。

 「共感も理解もできない」からこそ、「知りたいという思いで」参加するという沖山さんのスタンスは、ずたずたにされてゆく世界にまきこまれ、もだえている私たちにとって、大切な何かを感じさせてくれる。

 さて、そんな沖山さんのべんきょう会。
 

「働く障害者に支障が生じた時
          ―事業所が行ってきた配慮や工夫例」

                話し手 ・ 沖山 稚子 さん(障害者雇用専門員)


          11月4日(金) 18:30〜21:00
          越谷市中央市民会館 5階 第7会議室

                  会費:200円(資料代)  手話通訳依頼中

NPO法人障害者の職場参加をすすめる会   048−964-1819  (職場参加ビューロー世一緒)
  
 これまでの地域で、中小企業の役割はきわめて大きいものがありました。何も知らない若者に一から仕事を教え、世間の義理人情を育み、結婚を仲介し、独立を応援し、家庭を支え、困窮に陥らないような配慮も、町工場や商店が担ってきたものでした。いま、こうした事業所の経営が難しくなったり、経営方針が変わったりする中で、離職を余儀なくされる人々が増えています。
離職者の中にはさまざまな障害のある人々も含まれます。 障害が重くなったり、年をとったりした時にも、事業所は多様な配慮や工夫を行って、雇い続けてきました。そうした事業所だからこそ、離職はたんに仕事がなくなるにとどまらず、社会のつながりや家庭生活の支えが一挙に失われ、深刻な危機に陥りかねない重さを伴っているのです。
 あらためて、事業所が行ってきた配慮や工夫の数々を学び、今後、共に働く街づくりにどのように受け継ぎ、またどのように生かしてゆけるか考えたいと思います。


 このべんきょう会は、障害者が地域で働くというテーマをきっかけにしながら、障害のない人の働き方や暮らし方を含めて、フリーに語り合おうという会です。1回、1回、話し手をお願いし、そのお話を口火にしておしゃべりしますので、初めての方でもどうぞおいで下さい。
 今回は、第41回でもお話していただいた沖山稚子さんです。わが国の障害者就労支援の草分けとして、東京都を振り出しに埼玉や山梨ほかの現場で活躍され、現在は調査研究部門に属しておられます。

 終了後お時間のある方は、近くのファミレスで、おしゃべりの続きを楽しみましょう。
 

【沖山稚子さんのひとこと】
「就労支援」より「終了支援」が難しい。長年つきあっている事業所の中には、障害者の親が高齢になったり、亡くなったりして、働いていた本人も高齢になり、その死に水を取ったという事業所もある。いい形で定着している事業所には、必ずこういう話がある。ありがたいと思うが、それでいいんだろうかとも思う。
 私たちはナチュラルサポートを旨としていて、直接の支援からだんだん退いていき、最終的には事業所の現場がサポートするということがいいのだと言っているが、それだけでは限界がある。就労支援より、終了支援がある意味重要だ。就労支援のときに使ったネットワークが、終了支援のときにも機能できればいいなと思う。

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