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zoom RSS 「関係の原像を描く―『障害』元学生との対話を重ねて」 を読む―「自立生活と共生はせめぎあう」その源流

<<   作成日時 : 2010/12/26 10:47   >>

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 篠原睦冶編著「関係の原像を描く―『障害』元学生との対話を重ねて」(現代書館)の書評を書いて、社団法人埼玉障害者自立生活協会の機関誌「通信に載せた。以下。 
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 どの子も地域の公立高校へ・埼玉連絡会の活動やアメリカの自立生活運動家を招いての埼玉でのシンポジウムなどでお世話になっている篠原睦冶さん編著の「関係の原像を描く―『障害』元学生との対話を重ねて」(現代書館)をいただいて読んだ。いま私たちが問われている課題に、異なるかたちで向き合っていると、強いインパクトを受けた。以下は、少し長めの感想。引用はすべて同書から。

 篠原さんには、運動の節目に埼玉にお越しいただいた。自立生活運動、当事者主権、差別禁止といった個から発して社会へというアプローチの限界を、くりかえし指摘していただいた。印象に残ったのは、「自立生活と共生はせめぎあう」という言葉。来ていただいた回数は限られているが、その都度考え直す機会を与えられた。
この書評のタイトルは、篠原さんが、埼玉で語られた言葉を使ったもの。今年、わらじの会で出版した「地域と障害―しがらみを編みなおす」にも、篠原さんの指摘をきっかけに考えたことが含まれている。
 篠原さんについては、心理学や教育という枠組みを問い直してきた研究者として、また子供問題研究会の代表としてのイメージが強く、和光大学の教員としてのイメージは持てなかった。しかし、この本で初めて、和光大学という職場において、授業やゼミ、そして学生生活担当教員としての関わりなどを通じ、篠原さんの言葉を借りれば「『障害』学生と『健常』学生、そして教職員が『生き合い学び合う』キャンパスをどのように創っていくか」を模索されてきたのだということを知った。ああ、そうだったのかと腑に落ちた感じもした。

 さて、本書は、次のような3部構成になっている。
第T部 バリアフリー化を問いつつ「共用」を探る
第U部 さまざまな「障害」に直面しながら共に学ぶ
第V部 「障害」を引き受けつつ開く

 それぞれ、1970年代、70年代末〜90年代初、90年代半〜21世紀に、和光大学でつきあった「障害」元学生17人と、篠原さんが退職(2009年春)する前々年の秋から1年かけて再会し、討論した内容がつづられている。学生たちの障害は、聴覚、視覚、肢体等だ。

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 着任した当時、すでに、「ぼくの側から言えば『教育相談の公開と共同化』ということだったが、これが子供問題研究会の出発である。」という立場を明らかにしていた著者は、さらに自らの職場、生活の場である大学をひらいてゆこうと動き始める。
 「『障害者』問題をあえて『「健常」者と「障害」者の関係』問題と強調したのは、ぼく自身が大学教員であるという立場も含めて、『健常』者社会・文化のありかたを問い直すことにこだわってきたからである。したがって、「さまざまな『障害』者同士の関係」問題にしても、ここへの一つの回路として味わい尽くそうとしてきた。」 この本の根っこにある、篠原さん自身の大学でのスタンスがここに語られている。
 
 「ぼくは、(点字や手話が)できないよりできたほうがいいと思ったから、何度か挑戦したんだけど、長続きしない、ついに開き直って、『できない』先生の『えらそうな』授業をやると決めていくのね。それで、点字や手話ができないということを理由に、『障害』者たちとの関わりから逃げちゃいけないとか、彼らとのコミュニケーションはできないなんて絶対言わないとかって言い聞かせてきた。」このくだりには、うならされた。
 「障害」学生たちを受けとめてきた教員だからこんなこともあるんだなと驚きながら納得した。いっぽうで、こういう切り返しは、たしかにさんざんあがいた末、追いつめられて腹をくくるという形でなければありえなかったろうなと、自分達の状況に重ね合わせて面白くも感じた。元学生たちも、初めて聞くこともあり、当時は漠然としか考えていなかったが…といったこともあったろう。

 たとえば、私たちは他障害者団体・個人の参加を呼びかけて街づくりや障害者計画を考えるネットワークを立ち上げたりすることがある。今日では、そうした場には、事務局か聴覚障害者団体で、手話通訳を要請するのが一般的だ。手話通訳がいると、ある程度の手話ができる私なども、いいかげんな手話で聴覚障害者を惑わせないように自制することになる。会議を終わった後の食事や飲み会などは、手話通訳が付いて来ないので、かたこと手話でもメモでもOKで、楽しく盛り上がれる。しかし、聞える人のほうで、手話通訳がいる状況しか知らないし、聞えない人も慣れていないため、かたこと手話でもメモでもいいからおしゃべりしようという雰囲気が生まれにくいのが現状だ。

 「地域と障害―しがらみを編みなおす」に出てくる、就学免除で家にこもっていた橋本克己さんが19歳の半ばに初めて街に出た70年代末、聾学校を卒業して働いている女性が時々つきあってくれた。橋本さんと私たちは彼女とその友人から手話を教わった。当時は、「手話は人によりいろいろある」とよく聞いた。本人と周りの人だけに通じる手話もたくさんあった。しばらくして、彼女は、「仲間から、身体障害者とつきあうのなら、友だちじゃないと言われたの。私は仲間を取ります。」と泣きながら言って、去って行った。ちょうど、あちこちの自治体レベルで、身体障害者福祉会から聴覚障害者たちが独立してゆく時期。また全国統一の日本語対応手話が作られてゆく時期でもあった。

 その後、聴覚障害と脳性まひを併せ持つ、聾学校卒の荻野好友さんが、80年代末からわらじの会のメンバーに加わり、今に至るまで橋本さんと私たちに手話を教えてくれている。荻野さんは、さらに、知り合いになった学生の手話サークルや障害者の施設で月1回だけ開く手話の勉強会などにも招かれて行くようになった。しかし、近年になるまで聴覚障害者団体からは、団体が正式に認めて指導している手話サークル以外の勉強会等を、原則として好ましくないとみなされていたようだ。
 ところで、橋本さんは、街でさまざまなトラブルにまきこまれたり、まったく体験したことがなかった状況に向き合うことになったりするたびに、彼独自の手話表現を開発していった。周りの私たちとのやり取りを通して。ただ、手話よりも、パフォーマンスのほうが、コミュニケーションとしてはずっと大きな役割を演じたのだが。
 弱視が進行し、手話も、他人の姿も視えなくなってからは、移動の際に私たちが介助者として同行することが増え、その介助者たちや親との間で、出たとこ勝負の触手話が編み出されて行く。これは公的な制度として位置付けられた盲聾者向けの通訳介助者による触手話や指点字とは異なって、あくまでも橋本さんとの他者のつきあいを通して形作られる新語だ。
聾学校と聴覚障害者団体等の関係を通して編み出されてきた日本手話を知らず、日本語対応手話ともちょっとちがう橋本画伯の手話表現があることを、伝えておきたい。

 本の内容にひっぱられて、つい身近な話をつづってしまった。
このように、ここ20年ほどの制度化の深まりは、障害者の自己決定、権利保障という要素をくみいれつつ、障害のない人々のほとんどにも、ごく自然な状態として受け入れられてきていると思う。
 この自然な状態とみられる関係が、じっさいは共に生きることをめぐるせめぎあいの重なりなのだということを、この本は伝えている。私たちも、よくこの20年をふりかえって若い人たちに語る。しかし、どうしても昔は何もない中でがんばって地域で共に生きてきた、今は制度に安住して囲い込まれているじゃないかという、自慢話と小言としてしか響いていかない。
 しかし、この本が面白いのは、大学での「関係」をめぐる凝縮されたジクザグの日々を送った「障害」元学生たちと再び出会い、現在の地域生活や職場での悪戦苦闘を、大学でのジクザグと重ね合わせて一緒に考えようとしたこと。
 「最後のほうで語られていくお二人の葛藤的な発言は、和光大時代の彼ら自身の問題提起で照らし返されなくてはならないし、その意味で、この提起は依然として今日性を持っていると言わざるをえない。」
 これは大学時代に、あえて車椅子のためのスロープ設置に反対するなど、共に生きる関係にこだわってきた「障害」元学生二人との対話のまとめ。いま地域で暮らしている二人は、介助保障が充実してきた現状を評価しつつも、障害者も介助者も分けられ、管理されていると語っている。それをさらに原点からとらえ返したら、どうなるのか。答えは出ていないが、「健常」者社会・文化の問題として考えようよ、地域・職場でもう一度格闘し合ってみようよ、という問いかけの地平が浮き上がってくる。共に過去を生きなおすことにより、現在を生きなおそうと。

 たんに昔を回顧し、推移をたどるといった本ではない。全篇、基本的には対話で読みやすい。対話そのものが現在を組み立て直す共同作業の試みのような「動く絵本」といった趣。一読をお勧めしたい。

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