テーマ:地震

被災した故郷岩手を再発見し 埼玉の地域を想う -ケアシステムわら細工・谷崎恵子さん

前回のブログに「 この数ケ月間、わらじの会の職員を中心とするメンバーたちが交替で、被災地障害者センターいわて http://20110311iwate.blog27.fc2.com/ に出かけ、岩手県沿岸部の被災地で調査・支援活動に関わってきた 」と述べた。  ここに紹介するのは、その一人で、被災した岩手県久慈市出身のメンバーのレ…
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関係を特化する壁が崩れたとき―「いわてとわらじと私の暮らし」とは

盆休みも終わりが迫った16日、「身近な被災体験 第19信」をメール送信した。以下前置き部分。   こんばんは。ごぶさたしています。 黄色い部屋はかってエアコンがあった頃も、使用した経験がありませんが、今年改装後はそのエアコンも処分され、2階もですがエアコンのない暮らしをずっと続けています。(家中でエアコンのあるのは唯…
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埼玉の地域から東北の地域をおもう ―市民福祉講座「いわてとわらじとわたしの暮らし」に寄せて

就労支援センターのほうも忙しいのと8月に予定されている埼玉障害者市民ネットワーク(野島久美子代表)の総合県交渉に向けて要望書案を検討したりと、やはり、このブログを更新するひまがない。でも、せめてイベント告知だけはしておかないと。…ということで、わらじの会市民福祉講座2011第3回「いわてとわらじとわたしの暮らし」(8月7日(日)13:0…
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身近な被災体験―仙台そして越谷(月刊わらじ5月号より) 

 前回のブログに載せた [「身近な被災体験 第18信」  → http://yellow-room.at.webry.info/201105/article_6.html の文章のうち、月刊わらじ5月号(写真)から転載したふたつの原稿を以下に紹介する。  まず仙台から。ケアマネージャーとして一人暮らしの高齢者宅を訪問中震災に…
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震災をきっかけに日常を再発見―メール通信「身近な被災体験」第18信に

 3.11の震災から2ヶ月半になろうとしている。この間に、筆者は「身近な被災体験 第○○信」というメールによる通信を、筆者がある程度顔を見知っている方々に送信してきた。このメール通信は、主として、筆者のところに送られてきた顔見知りの方々からのメールや筆者が関わるわらじの会の会報「月刊わらじ」の記事、そしてわらじの会に届いた「ゆめ風基金」…
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月刊わらじより ナオトニーのきんきゅう4コマ「地震とどまり1泊2日間」を転載

 月刊わらじ4月号 特集「死活問題」から、前田ナオトニーくんの4コマまんがを紹介。想い起せば、彼との初めての出会いは、30数年前。開設間もないわが谷中耳鼻咽喉科医院の診療時間中に、とつぜん見知らぬ小さな男の子が入ってきたかと思うと、中の医療器械類をつぎつぎといじったあげく、さあーっとつむじ風のように去って行った。  地元の小学校の普通…
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地に足 踏ん張って 関わり合うこと

 写真は1週間前の石巻市内。がれきにうずもれた家の片付けに出かけたわらじの会メンバーが見た風景。  今日は3.11から45日目。筆者の地元・埼玉県春日部市では、駅からまっすぐの藤棚通りで恒例の藤まつりが行われ、わらじの会も店を出した。目の前では太鼓や踊りのパレードがあり、被災地へ出かけてきたメンバーも店を手伝ったり、出会い…
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大震災―そのとき…そしていま 私は

 日々があわただしくやってきて、人々を置き去りにして飛び去って行く。震災からいまにいたるまで大きな余震が、何度となくおこり、津波の被害の大きさがつぎつぎとあらわにされ、原発事故の影響は悪無限的に深まりと広がりを増している。人々は日々に置き去りにされた空白を、非日常のかけらでうずめて生きている。  あまりにも大きな変動だからこそ、TVや…
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伝え合おう!身近な被災体験 メール通信を発行中

>今年筆者が送った年賀メールー「くだくだしい私の…」というタイトルで前にブログで紹介した、そのメールの中に、カランコエというマダガスカル原産の多肉植物の越冬の試みについてふれた。障害者たちと一緒に花壇整備を請け負っている公園で、パンジーを植えるために引き抜いた株を、まだ生き残れるかもしれないと思い、持ち帰り、軒先で冬越しができるか…
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聴覚障害者Oさんの八戸便り その3

八戸現地の聴覚障害者・Oさんからの第3報を紹介する。これは15日に届いたメール。ずいぶんブログでの紹介が遅れてしまった。実は、筆者は、いまこのブログよりも、「身近な地震被災体験」と名付けたメール通信に多くの時間を割いている。ブログはどうしてもモノローグになってしまう。それも大切だが、もっとみんなの暮らしの中から地震を、原発事故を、避難を…
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地震現場・八戸の聴覚障害者Oさんから第2報&埼玉での被災体験も

八戸の聴覚障害者・Oさんの最初のメールは、筆者らがまだ11日夜新幹線に乗るころに発信されていた。そして、Oさんからの二度目のメールが、12日夕方5時すぎに送られてきた。そのメールに添えられた2枚の写真のうちの1枚が、冒頭の写真。タイトルは、「船横転~津波のため(返信不要)」。そして短い本文。 「携帯バッテリないため返信不要 …
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3月11~12日の帰宅難民体験 そして八戸現地Oさんからのメール

地震があった11日深夜、東京駅近くの丸ノ内オフィスビルのロビーで、一夜を明かすたくさんの人々。  この夜、筆者を含むわらじの会関係者5名は、名古屋からやっと動いた新幹線に乗って東京駅までたどり着いたが、山手線も京浜東北線もすべて止まっていた。その先の東武伊勢崎線等も全線ストップ。わずかに、大手町から地下鉄丸ノ内線に乗れば、後楽園で地下…
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地震被災の現場からの発信―八戸の聴覚障害者Oさんから

この写真は、八戸の聴覚障害者・Oさんが12日朝7時に携帯メールで送ってきてくれたもの。写真は昨夜撮影。そこに添えられたOさんのコメント…… 「青森県八戸市の昨夜の状態です。(港) 津波で車が打ち上げられています。 船がすごい勢いで何艘も沖に流されていきました。 家?小屋?みたいなものも流されていましたが、暗くて撮影できず。 …
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