「支援」が社会的障壁になる時―この春高校を卒業したSさんからのメッセージ

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Yくんがまたもや定員内不合格にされたことを前回のブログでお伝えした。かんちがいされないように申し添えておけば、障害のある生徒が高校で共に学ぶことを求める活動は、決してYくんとその家族や関係者に限られてはいない。
 冒頭の写真のSさんは、この春、定時制高校を卒業した。下はSさんからの報告。
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 みなさんに注目していただきたいのは、「中学校までは介助員がいたのですが、高校に入学してからはトイレ介助のみだったのですごく楽しい高校生活でした。」というところ。

 「個別(教育)支援計画」などといって、障害を支援で補うことによって、他の生徒と平等に教育の権利を享受できるという考え方が広まっているように感じる。しかし、その考え方はほんとに正しいのか?!

 人々がばらばらな個人に分けられた社会、あるいは夜一人暮らしのアパートに帰ってこれから寝るという状況などでは、その通りだ。Sさんが将来アパート暮らしをした場合、ヘルパーの派遣を一定時間受けることになるだろう。

 しかし、学校や職場、あるいは地域社会とは、クラスメート、同僚、ご近所の人々が常にそこにいて、Sさんを含め共に学び、共に働き、共に暮らすことをめざす場だ。実は、このような場に介助を入れることは、ほんとうに難しいのだ。本人との関係では黒子に徹することが問われるし、同時に、クラスメート、同僚、ご近所が直接本人と関わり合うための調整役も務めなくてはならない。そんな器用なこと、誰だってできそうもない。

 実は、以前このブログでとりあげた「越谷市障害者地域適応支援事業」という職場体験の「支援パートナー」は、まさにそうした矛盾を背負った立場になる。「本人主体」を基本におきつつ、同時に「関係の支援」もめざす。「本人」といっても「関係」に組み込まれているわけで、実に矛盾し、試行錯誤することになる。同事業では、毎年本人、支援パートナー、職場担当者が記録を作成し、つきあわせ、今年は報告交流会を公開で行った。それほどの社会実験たりうる活動なのだ。

 にもかかわらず、「特別支援教育」の担い手とされる支援員にしても、「障害者就労支援」の担い手とされるジョブコーチ、就労支援員にしても、その必要性、役割は自明のものとみなされて、社会的な意義について十分な検証が行われているとはいえないのではないか。
 
 支援が社会的障壁となっていることを、Sさんの例が示唆してくれた。下の写真は小学生の時のSさん。埼玉障害者市民ネットワーク合宿で挨拶。

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終りに、母が感慨を込めて描いたイラスト。
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