郁美と友達、そして私 2020.12.9 すいごごカフェ 藤ヶ谷理江さんトーク

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障害のことは考える暇もなく

 今日は娘の郁美(22歳)のことについて。郁美は生まれた時に肺炎を引き起こし、そのままICUに入院。入院中にダウン症と判明した。1歳まで入退院を繰り返して、鼻息が聞こえないと息してるかな⁉って心配で、障害どうこうは考える暇がなかった。ダウン症が判明すると、小児医療センターのダウン症候群総合支援外来(DK外来)を勧められ、通った。1年間のプログラムで、2歳くらいまでの赤ちゃんが対象で、保健師さんやドクターがこんなふうにやったらと指導してくれた。家族ぐるみで知り合いが増えたため、親の会を立ち上げて、定例会やイベントなどを行う中、小児医療センターで講演会を開いた時に山下さんとお会いしてからは、だんだんわらじに関わるように。

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お友達と一緒に過ごしてほしくて

 トイレができなかったけど、保育園が了承してくれて3年通った。子供たちはとにかく楽しそうに郁美の様子を教えてくれて、それがすごく嬉しくて。支援級とか支援学校に行ったらそういうのがなくなるんだったら寂しいなと思って、普通小学校に行かせることにした。

 郁美が入学する前、校長先生と1年生の先生方との話し合いをしたけど、「おとなしいですね」と、なんとなく納得したような感じで入学できた。郁美は割と落ち着いていた。でも、トイレはいまいちだし、給食は食べるのが遅い。だから給食は3年生まで私が行って食べさせて、昼休みまでついていた。でも、授業は最初の2週間くらいしかつかなかった。トイレも養護の先生にお願いした。
 
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みんなに支えられて

 小学校に上がっても、子供たちは郁美の様子を教えてくれた。5年生の林間学校のハイキングでは、疲れてきた郁美のことをおんぶしてくれた友達がいた。卒業式では、郁美を壇上に連れてって、証書をもらったら連れて帰ってくれた子が。何回も郁美と同じクラスになってた子なんかは、6年生の時、支援級のダウン症の子を見て「あの子郁美ちゃんに似てるね」って。「だってダウン症だからねぇ」って言った。そしたら、「え?郁美ちゃんダウン症なの?」って。「今わかったの⁉」ってびっくりした。その子供にとってどうでもよかったようです。普段から一緒にいれば、こうなる。なかなか難しいこともあると思うけど。学校生活が続けられたのはみんなのおかげだと感謝している。

 中学校では、校外学習以外はずっと支援員さんをつけてくれた。1年の秋に宿泊学習があったんだけど、案の定郁美はトイレに間に合わなかったらしい。でも、見に行くと下着を洗ってましたって。そんなことうちで今までやったことないのに。だから、それはそれで良い経験だったんじゃないかと思った。2年生の時には、新潟の農家で農作業を体験する民泊があった。郁美は夜は先生達とホテルに泊まるという話だったんだけど、大丈夫よって農家の方が言ってくれたそうで、2日目は民泊できて、楽しくやったみたい。朝に郁美が友達の髪を結ってあげている写真と一緒に「郁美ちゃんのおかげで、お友達の優しさにも触れることができました。」という農家の方からの手紙をいただいた。本当によかったと思っている。

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めいっぱい楽しんだ学校生活

 郁美は変化に弱いので、変化の少ない支援学校に行った方が給食やトイレがうまくいったのかなとも思うけど、そこらへんはしょうがないかな。授業は全然わからないし、からかわれたり嫌なこともあったけど、郁美はそれなりに楽しかったかなと。通常級での関わり合いがすごくよかったんじゃないかな。それで、学校はいろいろ経験したからもういいかなと思って終わりにした。今はパタパタに通ってのびのびやっている。

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