厳しい靴業界ーでも街で一緒に学び、暮らし、遊び、働く 2020.9.2すいごご 尾谷英一さんトーク

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高校ではスキーで国体13位 いまも空手3段
尾谷:生まれは昭和22年6月1日で、今73歳。新潟県小千谷市出身。高校時代は自転車
で日本横断したり、駅伝の選手をしたり、一番元気がよかった。この年のスキー(クロスカントリー)では全部インターハイで全日本も国体も出て、国体では13位になった。

最近ではマスターズという5歳ごとのクラスで空手をやっている。50歳から始めて、23年経った。今年3段。関東大会に出た人の中では70歳以上は2人しかいない。
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ソフトボールとカヌー
土日はソフトボールと、今土曜は古利根川でカヌーでゴミ拾いもやってる。カヌーは25
年前からやっているんだけど、古利根川を使った町興しをやらないかと言われて、春日部市カヌー協会の会長になった。川を下りながら缶やペットボトルを選別して拾っている。
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障害者と共に働く靴底加工の町工場
ニューオタニ株式会社は私が29歳で創業して、44年続いている。最初は向島で始めたん
だけど、すぐ越谷、そして今の春日部に引っ越してきた。土地も金利も安くて環境に恵まれ、そういう中で障害者と一緒に仕事をしようと考えた。
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会社の中をバリアフリーにして、一番最初にまきちゃんと町田君という障害者の子たちを雇ってから30年近く経つ。売上が年間3億いった時もあって、社員が25、26人いた時は1日2000足以上作っていた。最盛期は7人の障害者の人がいた。経営の具合が悪くなって1回全員解雇したことがあるが、続けてくれという声が上がって、再出発した時は7人そっくりいた。あれから15年。今も社員は、家族以外は100%障害者。優良企業の認定証をもらった。
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厳しい靴業界で生きるということ
今は靴業界自体が相当厳しい状態。小売りしているデパート自体がどんどん減ってるか
ら。持続給付金や休業補償などをもらう予定だが、これがこないと危機的かな。借金が終われば、週4日仕事して週3日ボランティアしてスポーツして…と、あと20年続けられればいいなと思ってるけど、元に戻るかっていうのが相当厳しい。同業者がどんどんつぶれているけど、うちは早くから儲けは気にせず続けることを考えて、なんとか生きている。
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得意な持ち場では各々が名人に
仕事では、ヒールをくっつける機械を使う作業が30年経ってもまだできない人もいる。でも、自分が得意な場所だったら、私がやってもできないくらいうまくやる。めちゃくちゃ一生懸命。今日も伝票を出せって言ったら、出せませんって言われたけど(笑) でもそれはおかげさまで30年一緒に付き合ってるから。
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街で一緒に学び、暮らし、遊び、働く
障害を持っていても学ぶのは権利なので、月1回学習会を開いたり、イベントがあればあてにされるので店も出す。盆踊りとかふれあい広場で、築地で買ってきた焼き鳥を1000本焼くことも。まだ終わってないのにみんないい気分でいなくなっちゃうからうちが片付するんだけど(笑)。
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それから、一緒にスポーツもやろうと思って「フレンドリー春日部」というチームを作って、地域の障害者・親・支援のサポーターと一緒にソフトボール、ティーボール、卓球バレーをやっている。ソフトボールも卓球も、私が監督なんだけど選手もやってるからみんなライバル。自分達で集まってクラブ的にやっているのはうちだけかも。スポーツは結果がすぐ出るから良い。スポーツも交えて、離職する人は少ない。ソフトボールに参加したことによって、引きこもりだったのが出てきて就職した人もいるし。やったら一番よくわかるから、皆さん今度一緒にやりましょう。
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