私が出会った死生の日常 2020.5.20 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク 前編

DSCN9222.JPG

まず3本の映画のまとめから

 福祉についてあまり興味関心を持ってこなかった僕が、津久井やまゆり園の事件が起こった3年半前から勉強を始めたが、今まであったこと、考えたことをお話させてもらう。
 「さようならCP」という映画は、脳性麻痺の主人公がなぜこういう闘いをするかということを描いた映画。青い芝の会が全国に広がって非常に力になった。「養護学校はあかんねん!」は文部省が学習はケアであるという大義名分のもと、養護学校に通うことを義務化するとされた障害者たちの叫びを撮ったドキュメンタリー。八木さんは障害者当事者だけど自分で映画を作った。これが「できんでいいが」。これらの3本の映画のコメントを6分半くらいにまとめた。これを見てもらって皆さんの意見を聞きたい。


「さようならCP」から

 50年前の横浜の金沢区で母親が2歳の娘を絞殺した事件、これが「さようならCP」という映画ができるきっかけになった。50年後の今と何が違うのかなと感じた。近所の人の話では、娘を非常にかわいがっており、母親は施設に入れようとしたがいずれも断られていて、なんとか罪にならないようにと同情していると。障害者を持ってしまった親がかわいそうなのであって、2歳の障害者当事者の存在がどこにもない。世論としては大きな施設を作って障害者を隔離し、障害者たちをただ生かしておけばいいという。やまゆり園事件の根底につながっていく思想だなと思った。


「養護学校はあかんねん!」から

 25歳の時に「養護学校はあかんねん!」に出た河上千鶴子さんが書いた本には、脳性マヒの障害のこと、自分の生活のことが赤裸々に書かれている。結婚、妊娠は周りに反対され、健常者として生まれた息子が結婚する時にもその女性の親から呼ばれて、お母さんの病気は孫に遺伝するのではと言われて、今では河上さんとお嫁さんの両親は断絶しているという話も。
 日本の社会の中に優生思想という言葉があるけど、根付いている考えは優生思想ではなく、因果応報。祟るとか、そういう考えが日本には染みついているのかと、考えていなかくちゃいけないと思った。

DSCN9224.JPG

つきあうことが「意味」をこえる

 生きていくということは、いろいろな事が降りかかってくる中で生きてこざるをえなかった人達がたくさんいるんだと感じた。今まで他人事のように差別のことを考えていて、新聞紙面で見てただけで実感がなかった。僕がテレビの仕事をしていた時、24時間テレビも作っていたことがあったんだけど、僕らはそもそも障害者が今置かれている環境から脱するのが幸せだという方向に持って行く。欺瞞というか、本当に感動を呼ぶのかなと考えていたが、“感動ポルノ”という言葉に出会ってその通りだと思った。押し付けだなと。
 障害を持つ人との関係でもそうだった。勉強を始めて1年半くらい経ってから、介護の仕事をするようになり、言語が発語できない人達と向き合うのに戸惑った。ケアをする以前に、コミュニケーションが取れるんだろうかと思った。この人にとって生きる意味はあるんだろうかと頭によぎったことは事実。でも、1年以上経つと、この人には個性があって、日々こんなことに喜んで悲しむんだと、言語だけじゃなく伝わってくるのが実感できた。つきあうというのはどれだけ大切なのかということを感じた。

DSCN9232.JPG

質疑応答

「障害者」、「健常者」という言葉

 澤:自分の体験として、障害者と健常者ってこういう関係を築いていかなくち
   ゃいけないってある?
野島:79年は、私はちょうど施設に入ってた年。その前は外に出たくても出るな
   って言われてて世間を全然知らなかった。文部省交渉の映像があったけど
   、金井康治君が普通の学校、普通学級に行きたいってずっと話してて、ち
   ょうどニュースでうつってたけど、何もわかってなかったなって思って。
   やっぱり私も養護学校を卒業して、親の判断で施設に無理やり入れられて
   、健常者と障害者って言葉もわからなくって。ただ自分は友達がほしくて
   施設に入っただけで、何もわからないでだったから。わらじに入ったのは
   82年から。山下さんと出会って、もちろん今日来てくださった西陰さんも
   知ってて、それから健常者って言葉を知って、それから自由になれて、や
   っと私の人生が始まったんだなって。


優生思想の根っこ

大坂:「さようならCP」の冒頭を見てて、おばさん達とかが「かわいそうだか
   ら」とか「なんで入れたんですか」って言っていたけど、川崎のバス闘争
   の時の「なんでこの人たちがこんなところにいるんです、ちゃんといる場
   所があるでしょう」って言っているシーンが印象的で。施設のことですよ
   ね。明らかに偽善ぽい感じがする。自分達にふりかかってくると、恐らく
   同じ口からこういうふうに出るんだろうなと。いろんな事件が起きるたん
   びにじゃあ我々に植え付けられている根っこはなんなんだと。世の中では
   、優生保護法で「不良な子孫を残しちゃいけませんよ。」というところで
   、差別意識じゃなく、いいこととしてそれを植え付けられていると思って
   いる。
松丸:日本だけの話じゃなくて、古くはフランスのある作家が白人優生思想って
   至上主義をうち出して、それによってアメリカに渡って、ナチスドイツに
   も渡っていくんだけど、健康で健常者のいる暮らしの方が病人のいる社会
   よりも素晴らしいものじゃないかという勝手な理由付けでもって法律にま
   で定められていったって歴史がある。でも絶対にどうやっても散らばって
   て、病気になるDNAをなくすってのはありえないのに、それに乗っかっ
   ちゃう人間がいるってことは、周りにコントロールされやすい。当事者じ
   ゃなければあんまり関係ないよって。


差別と反差別

 澤:一番悲しいと思ったのは、医療関係者が差別・排除されていること。医療
   関係者だって子供は保育園に預けて仕事をしている。ある時子供を迎えに
   行ったら、一人違う部屋で待たされてたという。親が医療者だからと分断
   されていた。いつ何時でもこういうことが起こって来る。コロナにかかっ
   たといったら犯人捜しが始まって、名前を特定してネットで出ちゃう。社
   会のちょっとしたところに圧がかかると、人間が持っている性も出ると思
   うと、嫌な感じ。でも、もしかしたら自分もそうなのかと。
松丸:差別の歴史なんかを勉強して、知識を得て、なくしていくのか。今の若い
   人達は、そんなに歴史なんか知らないけど差別しない。両極端あると思う
   けど。狭間で働いているお父さんお母さんの方が両極端。親の方がそうい
   う感情を持っているのかなと。
 澤:作った映画の中でも出したが、障害の子供を持っている親って、施設に入
   れたり隠そうとする。それが知らず知らずのうちに出ているんだと。なぜ
   施設が山の中にあるかというと、街のイメージが変わるからと言われる。
   そういう構造の中で、ちょうど50年前のこの記事を読んで、社会が障害者
   をどう思っているかという点では何が変わったんだろうかと。日吉さんが
   この間仰っていたパワーはなかったんだろうなと。
日吉:これはたぶん障害者だけじゃなくて、この頃って、みんな心のパワーが結
   構強かった時代というか、学生運動だったり労働運動だったり、世の中が
   、生きる事みたいな、何かを変えよう、そういうエネルギーみたいなのと
   か。よく言われていた無関心・無感動・無気力?だっけ、もちろんそうい
   う人達もいたんだろうけど。今みんなマイホームを持ったりするけど、外
   国から言わせると、どうやってうさぎ小屋に住んでるんだ日本人って言わ
   れるらしいんだけど。現実はそうじゃないんだけど、バブルがはじける頃
   くらいまでは、そこそこみんなが食べて暮らしていけて、中間層が一番多
   かった。はじけた後は世間の色が格差社会が目で見てわかるくらいの世の
   中に変わってきて。もうちょっと経つと爆発するぞってある意味期待みた
   いなものもある。

後編へ→https://yellow-room.at.webry.info/202006/article_2.html

"私が出会った死生の日常 2020.5.20 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク 前編" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント