今までの足跡をふりかえって 2021.2.24 すいごごカフェ 半田清雄さん(NPO地域自立支援グループあん) 前編

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二人を偲びたい

 養護学校に勤めていたが、定年退職して8年目。今メインでやっているのは、鴻巣市にあるNPOの地域自立支援グループあんの理事兼ヘルパー。テレサの役員(監査)と、山下さんとの関わりで一般社団法人埼玉障害者自立生活協会(社団)の役員と監査もやっている。
 これから話すのは金子和弘さん、八木下浩一さんのお二方のこと。去年の2月に相次いで亡くなってしまったんだけど、我々の先輩として、全国を背負って障害者に関わる運動をしていたということを知ってもらいたい。

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障害者運動の立役者たち

 八木下さんは川口出身。重度の障害者だったから就学を拒否されたんだけど、「教育を受ける権利は自分にもある」と言って28歳の時(1970年)に小学校に入り直した人。その後、いまでいうグループホームを市に立ち上げさせ、当事者が運営することを川口市に認めさせようという運動をした。開設まで行ったが、最後に市が専門家に丸投げしてしまった。その後、埼玉障害者市民ネットワークや社団も立ち上げたり、1978年には、今の世の中を障害者の目線で変えていくことを目的とした全障連(全国障害者解放運動連絡会議)という組織の代表になったりした、かなりえらい人。
 僕は大学生の時には自治会運動をやっていた。障害者差別はおかしいということで、いろんな情報を聞いては集会に出たりして。それで八木下さんと出会った。
 金子さんは山形県出身。浦和に移り住んでから埼玉青い芝の会の立ち上げに携わり、全国青い芝の会にも参加していった。青い芝は当事者の立場を尊重して、いろんな運動をしている団体。2006年~2014年には全国青い芝の会の7代目会長を務めていた。
 1983年に精神衛生実態調査というものがあって、障害者の立場を理解していない調査だということで反対運動が起こり、私も金子さんもその運動に参加していたので、その時からのつながりかな。私はNPOで入院時介護の問題をずっとやっていて、入院中でもヘルパーがつけるようにしてほしいと要望してきたんだけど、その中心となったのも金子さん。団体の会長になってくれて一緒にやってもらった。

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障害に対して全く理解がなかった時代の戦い

【~ビデオを見ながら~】これは1987年、浦和市民会館で県の障害福祉課と交渉しているシーン。立って話しているのが八木下さん。1987年、身体障害者実態調査が全国的に行われたが、無差別に選んだ対象地域に調査員が訪れて、「障害者がいますか?原因は何ですか?」とか根掘り葉掘り聞いていくものだったので、当事者から抗議の声が広がり、市と交渉することになった。当時は、差別的なことが平気に行われていたし、障害福祉課も「障害者の声を聴いてやる」みたいな対応で、今ならアウトな感じ。
 これは、調査を開始する日に、県庁前にテントを張ってチラシを配って抗議活動をした時の映像。“実態調査強行実施断固阻止”の横断幕が映ってる。この時は朝日や読売新聞にも出た。「あなた方が現在行っている行為は違反です。最後まで糾弾するぞ!」って抵抗の意思を示したが、窓からはこっちに向かってバーカバーカってつぶやいている職員がいたりね。いまは大学で福祉を教えている人だけど。
 当時はこれくらいやっても、少しは問題性に気付いてくれるかどうか、という感じだった。当事者が埼玉の中でも脳性麻痺者という立場だったけど、この調査はおかしいって声を上げたということが特筆すべきことじゃないかなと思う。一緒に考えてもらうという姿勢をとりつつも、それをどれだけ行政に反映させられるか。1人じゃなかなか難しいと思うけど、当事者がまず声をあげていくことが大切な姿勢じゃないかなと思う。

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後編の質疑応答へ続く
https://yellow-room.at.webry.info/202106/article_4.html

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