私たちの中にある偏見(スティグマ) 2020.7.22 すいごごカフェ 横山恵子さんトーク

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 私は埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科で精神看護学を教えているのと同時に、精神障害者家族支援、家族会をやっているので、日頃私が活動していることを集中的にお伝えしたい。

行き場のない加害者と被害者

 明治時代では、病院もなくて家族が精神障害者を世話していた時代だったので、周りが大変な時には「私宅監置」といって、檻に入れてもいいと法律で許されていた。廃止されたのは1950年。しかし、現在も親が子供を監禁して死なせるという事件が続いている。
 資料の2015年に起きた和歌山の事件は、引きこもりで暴れる娘と父の話。父はあらゆる相談機関へ行ったが、保健所には「本人が拒否するなら訪問できない」、警察には「事件が起きないと対応できない」などと断られ、家の中で生活することができなくなり、車中泊は200日を超え、とうとう娘を殺してしまった。父が加害者となってしまったが、本当はどっちも被害者。

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誰もが持つスティグマ(偏見)

 精神障害者の暴力は見ず知らずの人に向かうのではなく、家の中に向かうことが多い。人様に迷惑をかけないようにと、家族で家の中にこもっていくうちに、子供は欲求が満たされずストレスになる。暴力は本人のSOSでもあるが、まず起きない様にすることが大事。

 当事者を大切にしたいと思っても、自分だけ我慢すればいいとか、何かを刺激したらまた暴力をふるわれるんじゃないかと考え、世間に知らせないようにする家族が多い。でも、家族だけで解決しようとすると孤立を生んでしまうし、様々な問題が起きて、当事者の人生を奪ってしまう。相談、受診、警察を呼ぶことを躊躇しながらあっという間に5年10年が過ぎるという話をよく聞く。これらはスティグマ(偏見)を抱え込んでしまうことが問題だと思っている。スティグマとは、昔ギリシャで、異常で悪い人を知らせるため、奴隷や犯罪者などの体につけたしるしが起源で、完全で通常の人間から、汚れた、軽視された者へと深く信用を傷つけられた、「貶められた」者の属性。

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孤立せず、つながって

 精神障害についての偏見は、一般の人<医療者などの支援者<家族<当事者の順で強くなっていくといわれている。社会からどう見られているのか気になって、作業所に通うことや就労することが難しくなってしまう。もともと誰の中にもスティグマはあるんだけど、これは身近に起きた時に増大する。だから、当事者であれば仲間に出会ったりして自分の中のスティグマを自覚して、孤立しないようにつながっていくことが大事。家族会などとつながって、自分でスティグマに気付くことができれば、新たな価値観で改めて自分の人生を歩むことができる。本人が外につながってくれれば一番いいけど、最初は家族がつながれれば。それから継続的に支援してくれる人を探す。まずは家の中での訪問サービスを受けながら徐々にやっていくのがいいと思う。家族と暮らすこと自体に息苦しさがあるなら、別々に生活することも大事だと思っているので、病院の人にはそういった様々な視点からサポートしてほしいという話はしている。

 一緒に病院で仕事をしていた先生が「回復するというのは希望を持って自分で選択できる思考のことを言うんだよ」と言っていてその通りだと思った。当事者が自分らしい人生を歩んでいくことに加えて、家族もまるごと支援することが本人と家族のリカバリーにつながる。支援者になった人達には、自分達の中にも偏見があることを自覚して、よかれと思ってやっていることが逆に足を引っ張ることのないように支援してほしいと思う。

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