わら細工専従―その誕生秘話 2020. 2.12 すいごごカフェ  宮部幸絵さんトーク

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1973年越谷に生まれた。今はケアシステムわら細工で月~金で勤務している。わらじの会の会議があったり、介助料の支払いの準備をしている。その他に月刊誌のわら細工ニュースをみんなで記事を分担して書いたり。由利子さんの介助者のコーディネートも。

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音楽サークルがなれそめ

友人に誘われて「音楽ネットワークえん」というサークルに参加していた。趣味で演奏する人を呼んでサロンコンサートを開催していて、終わった後みんなでお話するのが楽しかった。親しくなった方々にわらじと関わっている人がいて、障害者に当たり前のように接していて、すごいと思ったけど自分には縁のない世界だと思っていた。

2004年の9月に音楽ネットワークのメンバーと荒井さん、菅野さんとかと奄美に旅行に行った。その時荒井さんと菅野さんとはほぼ初対面。旅行中に荒井さんにご飯を食べさせたりお酒を飲ませたりしたのがたぶん初めての介助。このくらいなら私にもできるかなと思ったのと、台風で屋内にずっといたおかけで荒井さん菅野さんと仲良くなれた。


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重度障害者の介助に

その翌年の3月、前の職場(事務)を退職。その時期に荒井さんに不定期に介助を頼まれるようになった。2006年秋くらいに週3日非常勤として本格的に働くように。当時驚いたことは、会議。参加した時に、たぶん喧嘩ではないんだろうけど、意見を言い合っているのが喧嘩みたいで怖い、自分は長くいられないと思ったのを覚えている。野島さんからも泊まりを頼まれて戸惑ったけど、お話したり指示を出してくれるので、そんなに大変ではないなと思った。あとは月に1回かっぽの店番で樋上さんについたり、徐々に関わりが増えていった。
 
貴美子さんは重度なので1人で泊まりに入るのは怖いなと思って断っていたのだが、ちょうど東日本大震災があった日、初めて貴美子さんの泊まりに入っていた(板倉さんとペアで)。ほとんど眠れなかった翌朝、村田ひろみさんが朝食を作ってくれて、久美子さんとかとご飯を食べて、わいわいして楽しかったなと。貴美子さんはその後も体調が低空飛行だったけど、心配した人達が親戚みたいにやっているのがすごくいいなと思った。

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事件、事件!

事件①2011年9月にピープルファースト大会に参加するため、九州へ。2日目の移動時、トイレから出たら由利子さんが消えていた。聞いて回ったけど全然見つからなくて、結局1,2時間後、地下2階のフロアで保護されたけど、疲れ果ててしまった。由利子さんが悪いわけじゃないんだけど、由利子さんの介助はしばらくごめんなさいと断っていた。

事件②2011年くらいだったと思うが、私は運転のブランクがあったんだけど、べしみから春日部市役所まで昌弘さんを乗せて行くことになった。昌弘さんは言語障害があるんだけど道はすごくわかっていて、どっち?って聞いて、違うよ右だよ左だよ!って言われて…側道にえんの車を落とした。私は頭が真っ白で、昌弘さんを置き去りにして。それでも市役所に行きたいっていうから1人で行ってきてって言った、ひどい介助者のエピソード(笑)

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わら細工の専従に

2013年6月からはわら細工の専従職員になり、今の状態に。わら細工の良さというのは、他の人の暮らしに入り込めるというか。他人の家事のやり方とかなかなか見れないし。貴美子さんとか由利子さんとか、彼女らがいたから介助者の人と知り合えたっていうのがある。自分のお母さんくらいの人だったり、大学の子だったりとか、いろんな人がいて、そんな人達と関わることで自分も育ててもらっているのかなと思っている。

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