「悪さはやったが不良じゃない」って? ある脳性まひ者の何気ない日々 -2019.9.18 萩原秀司さん(ぶあくのハギィ)

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バカな俺の生誕 園長先生のスピード違反
母親に生まれたときの事を聞くと、俺は逆子で左腕を骨折しながら生まれてきたそうです。

、、、で生まれてから泣く事もなく息をしてなかったみたいで、院長先生が俺の尻を何度も叩いてやっとうぶ声を上げて、母親と院長先生がホッとしたのがバカな俺の誕生で、、、それからしばらくして、俺が脳性まひだとわかったそうです。

で幼稚園の頃の事を何となくしか覚えてなかった俺は、母親に聞いてみたら幼稚園の年長になるまで歩く事が出来なかったらしく、膝と膝をくっ付けてべたっと座ってたのが多かったみたいで、よく友達が膝の上に乗って俺をイジメてたんだよ~って聞いたんだけど、まったく覚えてなく、あと何かある?って聞くと雨がスゴい降ってる時に、下駄箱から友達みんなの靴を外に放り投げて先生にスゴい怒られてたよって聞いて、ふぅんそうなんだぁ、俺はプールで溺れて熱出して園長先生の車で運ばれてる時に、スピード違反で警察に捕まってた事ぐらいしか覚えてないわぁって、幼稚園の話は終わり。
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自転車の小学校時代 悪さやった中学時代
で小学校に入り、補助輪付きの自転車に乗る事を覚え、外で友達と遊ぶ事がふえていったそうです。自分がギリギリ覚えてるのが小学三年生ぐらいからで、勉強に自分が出来るようなら体育もしてた気がします。

ちょうどそのぐらいに、自転車の補助輪を外して兄貴二人に乗れるまで手伝ってもらった記憶がかすかにあります。自転車を自由自在に扱えるようになると外で遊ぶ友達もふえ、外が暗くなるまで遊んでました。

そして中学に入り、初めの頃は学生服を着ると少し大人になった気分になり、勉強も真面目にしてたんだけど、黒板に書かれたのをノートにうつしていると、うつしきれない内に消されるってのが何度かあって、勉強する気がなくなって、授業中は寝てるかエロ本見てるか隣の女友達と話してました。中学二年になると、遊ぶ友達もどっとふえ、まずタバコを覚え、万引きを覚え、酒を覚え、色々な事を覚えていきました。

カラオケボックスに缶をくわえて友達がやって来て、「アンパンやる?」の言葉で少しシンナーにも手を出し、高校生になる頃には悪さは大体やりました。
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養護学校トイレにびっくり すぐチクる同級生

高校は普通校と養護学校を受けました。普通校は見事に落ち、宮代養護学校に行く事に、養護学校に行くとビックリする事がいくつかありました。

まず廊下です、廊下の半分がじゅうたんになってて、転んでも痛くない様になってた事です。

あとトイレがドアじゃなくカーテンだった事に、ビックリを通り越して理解出来なかったです。匂いはだだもれだし、入ってるかどうかロックも出来ないし、クソするのも落ち着かねぇなぁって思ってると、クソしてるヤツとカーテンのすき間から目が合うし、、、。

次にビックリしたのが校庭です。学校の校庭ってイメージは細かいジャリがちりばまった土のイメージだったんだけど、養護学校の校庭は粘土を固めたざらついた、転んでも大きな怪我をしない様になってた事です。

中でも一番ビックリしたのが障害者の性格です。友達と思って気を許してタバコ吸えば、次の日には先生にチクるし、自分より弱いヤツには強気だし、ズル賢く先生の前では良い子ぶるし、人をバカにするしで今まで回りにいなかったヤツが多くて、養護学校には友達と呼べるヤツがいませんでした。
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帰れば友達と酒、タバコ 免許拒否され悔し泣き
でも俺には中学の頃の友達がいたから、帰れば後輩が盗んできた原付をノーヘルで乗り回したり、友達んちで酒、タバコしながら夜の一時二時までゲームしたり、楽しい日々が流れて。

やがて友達みんなは普通に原付の免許をとり、バイトを始め、だんだんと遊ぶ日もへって、俺も原付をとりたいと母親に言うと、じゃあ鴻巣に免許とれるか聞きに行ってみる?って事で、鴻巣に母親に付き合ってもらって、原付の免許をとりたいんだけどって聞きに行きました。

原付バイクを倒した状態から起こす事や、ブレーキかけるタイミングを調べたりして、一通り出来るか免許センターの人に見てもらうと、いちおう自分では出来てたつもりだったんだけど、「危ないからやめた方がいいよ、バイクは事故したら怪我じゃなく死ぬ事もあるからね」って言われ、俺が「死んでもかまわない」って言うと、「君だけじゃなく相手も死ぬ事があるんだよ?」って言われ、「んなもんバイクじゃなくても死ぬ事何でもあんべよ!」って言っても、「ダメだダメだ」で納得いかないまま家に帰りました。

「寝る」って自分の部屋に入って、タオルを噛み締めて声を殺して悔し泣きをしばらくしてました。
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なんで俺は障害者? でも東園教習所があった

回りの人が普通に出来る事が出来なくて、悔し泣きとか自分自身に対してムカついて泣いたりは何度もあったんだけど、死んだ爺ちゃんに「男が簡単に泣くな」ってしょっちゅう言われてて、小学高学年ぐらいからは、悔しい事があってもムカつく事があっても、変な話し親戚の人が亡くなっても泣く事がなかった。

なのに、バイクの免許の時は友達みんなとつるめないって思いと、何で俺は障害者なんだ?って思いで涙が止まらなかったのを覚えてます。そして高3になり、毎日ボーッと過ごしてました。

そんな時、先生から「車の免許とる気ないか?」って聞かれて、即答で「ある」と答えて、3カ月東園っていう教習所の寮に入る事に。それを中学からの友達に言うと「おう、んじゃみんなで集まって飲むべ」ってなって、その頃は携帯もなかったので話す事も出来ないから「3カ月元気でな」って友達の言葉に泣きそうになったのを覚えてます。
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実習やっても不採用 足立区でパチ・飲み・出会い系の日々
そして無事に車の免許もとり、養護学校も卒業して色々な工場や倉庫の仕事を養護学校の先生に紹介されては2週間か3週間ぐらい実習って事で働いたりしてたんだけど、実習期間が終わると終わりってのばっかだったので、だんだん自分もタダ働きが嫌になって先生からの連絡も無視するようになっていき、その頃、両親も不仲になってて離婚する事になって、俺は母親の方に付いてく事で東京の足立区に住む事になりました。

障害年金を貰えてなかった俺は、母親と昔お世話になった訓練所の先生に相談に行って、色々、病院とか行ったりして、やっとの事で年金がもらえるように。

足立区に親戚のおばちゃんがいたので、おばちゃんと自転車でパチンコ行ったり買い物したり、互いの家に飲みに行ったり来たり、たまに居酒屋、スナック、カラオケにも行ってました。

その頃に携帯も普通に持てるようになって、お金のかからない出会い系があるって中学の頃の友達が教えてきて、マジか⁉って友達の話しを聞いたら、年上の女ならヤれて金もくれる場合もあるよって言うから、暇だけはいっぱいあったから、半信半疑だったけど、やってみると意外と簡単に会えるし出来るしで、どんどんハマっていき、パチンコ、飲み、出会い系ってのが続いてました。

今度は違う友達がスナックの女にハマってるってのを聞いて、その友達のおごりでそのスナックに飲みに行ってみると、見た目普通の子が3~4人いて、「どれ?」って聞くと「あれ」って指を指すとその子が近づいてきて「こんばんわぁ」ってな感じで、今度はその友達とそのスナックに行くってのがふえてって、毎週、金、土は友達と朝までスナックに、、、。 

でも友達がその子目当てってのがわかってたから、ひたすら盛り上げ役に回ってました。
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復縁の両親とまた春日部に ヤクザ、ヤミ金と飲み歩き

そんな感じで東京生活を過ごしてると、二十代の終わる頃、何故か両親が元に戻り、また春日部に住む事に。

春日部の生活もなれてきた頃、長男がほぼ毎晩の様にどっかに飲みに行ってるのに気付いてた俺は、「ドコ行ってんの?俺も連れてって」って感じでチャリで2~3分の近所の居酒屋に、、、。

その居酒屋には不思議な事にヤクザの元組長、元ヤクザ、現役ヤクザ、ヤミ金と、あとは居酒屋の従業員の二十代前半、二人、三十代半ばと後半二人、四十代一人の女の人とママっつぅ婆さんがやってるスナックの様な居酒屋でした。

初めは他の客と距離をおいて兄貴と飲んでたんだけど、ある日、二十代の女の人と話しながら飲んでると、その子が向きを変えるたんびにジーンズからパンツが見えてて、チラチラ見てたらならびに座ってたヤミ金の人と目があって、その人がニヤッと笑って、その子のパンツに指を引っかけてクイックイッて引っ張ってるから思わず笑ったら、おごるから一緒に飲むか?って言われて、一緒に飲むと怖かったイメージと違い面白い人で、あそこに座ってる人が元組長であそこに座ってるのが元ヤクザで、、、とか教えてくれてその人達とも仲良くなり、元組長が出してるラーメン屋に行ったり、元組長が出してるスナックに行ったりと毎晩そんな人達と飲み歩いてました。
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居酒屋ママに頼まれ ヤミ金の保証人
その頃スーパーのレジをしてる彼女もいて、しょっちゅう彼女にそうゆう人と関わらないでって言われてたんだけど、言うこと聞かないで遊んでると、ある日、居酒屋のママがヤミ金から金借りたいから秀ちゃん保証人になってって言われて、ヤミ金の人達と気まずくなるの嫌だからって断ったんだけど、絶対に秀ちゃんにもヤミ金の人達にも迷惑かけないからって言われて、しぶしぶ保証人に。

ヤミ金の利子は10日で2割のトイニってヤツで、バカな俺でも十万借りたら10日で利息2万ってわかるのに、居酒屋のママはヤミ金から十万借りて10日で利息分の2万しか返さないってのが何度か続きました。

ヤミ金の人に呼ばれて事務所に行くと、秀ちゃんヤバいよ、ババァ利息分しか払わないで返してる気になってるから、このままだと利息分で十万いったら元金払わない可能性あるから、秀ちゃん十万払っちゃってくんない?って言われて、十万を兄貴に借りて払って、後々ババァを追い込んで返してもらって、居心地の良かった居酒屋も潰れて、ヤミ金の人達とかとは、そのあともちょくちょく飲みには行ってました。
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悲しみ癒してくれた元ヤクザ 暇つぶしに行ってみたわらじの会
さっきチラッと登場した彼女の両親が俺に会ってみたいって言ってるって言われて、ド緊張しながら手土産片手に彼女の家に挨拶に行くと、彼女が俺が障害者だって事を家族に言ってなかったみたいで、父ちゃん母ちゃんに色々質問ぜめでスゴい疲れて帰ったのを覚えています。

その彼女とは三年ちょい付き合って振られて、本気で好きだったのもあって、泣いても泣いても落ち込みが消えないし、食欲もなくなって、身体に入れるのは酒かタバコってのが2カ月ぐらい続いて、居酒屋で知り合った頃は現役ヤクザだったヤツと気が合ったし、近所に住んでたってのもあって一番の友達になってたので、相談や愚痴を聞いてもらってたから、なんとかヤケにならずにすみ、だんだんと食欲も戻り、元ヤクザの友達とドライブしたり、ラーメン食いに行ったり、たまに飲みに行ったりと何気ない日々を過ごしてました。

そんな頃、養護学校の頃の友達の母ちゃんと自分の母ちゃんがスーパーだかドコだかで会って、わらじの事を聞いて、毎日暇してんだから行ってみれば?って母親に言われ、んじゃ暇潰しに行ってみっか?って感じで今にいたります。

ぶあくの店番をし始めの頃は知らない人と話すのが苦手でお客さんは勿論の事パタパタ、わら細工の人達ともほとんど話さなかったけどだんだんと馴れてきて今はたまに冗談も言えるぐらいになり、たまにテンパりながら自分なりに頑張ってるつもりです。
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