若き日の病気と回復の過程からつかんだ脱病院の暮らしの基盤を語るー畔栁聖治さん 2019.10.9 すいごごカフェ

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今日話したいこと

 春日部にあるグループホームテレサ(NPO法人精神障害者の自立生活をすすめる会)の代表をしている。精神病院で40年くらい働いた。32年ぐらい、精神科のケースワーカーをやった。そういった経過で感じたこと、わかったことを今日お話ししたい。

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自分自身の病気と回復の過程の中から

なぜこういう仕事に就いたかというと、私自身も病気だったから。

高校3年から大学くらいが最悪だった。

神経症に当たるものだと思うが、具体的な症状としては不安感、焦燥感、強迫観念、フラッシュバック、不眠。

近くの内科に行って精神安定剤をもらったが、具合が本当に悪い時だけ飲んだ。

どうしたかというと、夢日記を3,4年毎日書いていた。自分の病状をつぶさに書いた。


そうすると自分の病気の傾向と対策がなんとなくわかってくる。

一番回復につながったのが、どんなになってもこれ以上は悪くならないというのがわかるようになったこと。それで、かなりよくなった。

その体験は僕の中ではとても貴重で、あるがままの自分でいることができたかなと思った。

客観的に見て、病気を自分の中で体験的にわかっていく。

実は今でも薬はお守りとして持っているが、そういうふうに回復してきた。

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体が寝ちゃうので心も寝ちゃう

大学では、サークルで精神科の病院に泊まって患者さんと一緒に生活した。

夜間大学に行って、日中は精神病院で看護助手として働き始めた。

同時に山登りが好きだったので、大学時代はあまり行けなかったけど仕事するようになってからは山登りをするように。

体をものすごく酷使するのが良い。9~10時には寝ちゃう。

精神的に疲弊していても強制的に体が寝ちゃうのですっきりするし、いろんな障害があったとしてもリセットされる。

こりゃいいなと思って続けたら、あんまり深刻にならなくなった。

後に、この自分自身の回復過程は、森田正馬という人の森田療法と通じているなと実感した。

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精神科病院に就職してわかったことー1.最初にしっかり関わること

病院に就職してわかったことは2つ。

1つは、ケースワーカーカーで入院と退院に関わったが、退院する時は一緒にアパートを探したり、市役所に行って生活保護を申請したり、そういうのをいっぱいやった。

最初の段階できちんとその人と濃厚な関係を作っていると、相手がSOSを出してくれるようになる。

それに応えて解決していくと、調子がいいかどうかを見る必要がなくなる。

これが実は一番大変だから、とても仕事が減る。

目先の問題がたまっていくとどうしようもなくなるけど、最初の小さなうちに解決していると、具合が大きく悪くなることはない。

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精神科病院に就職してわかったことー2.病院でなくとも安心が病気をよくする

もう1つは温かいベッドと食事と薬とスタッフがあれば勝手によくなる。病院じゃなくてもよくなる。

簡単に言うと、病院は保護下において安心感を与える。

本当にリラックスできるような環境を提供できれば、病院でなくともよくなっていく。

私が今グループホームをやっている原点。テレサの中で何を提供したいかというと、安心。それが病気をよくする。

具合が悪くなって、ちょこっとでも不安になったらさっと話を聞いて解決、それがふくらまないようにする。

それがテレサでやっていること。

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これからやりたいこと

これからテレサとして新たに取り組みたいことは、自立生活援助事業というのが1年くらい前にできた、それをやっていく。

グループホームとか出た人が一人暮らしになった時、その人をサポートするために訪問して、困ったことがあったら対応する、

それにお金が出るようになった。

それをテレサで今月10月から始めた。孤立していかないようにサポートしていくのが今の目的。

今後、単にグループホームだけじゃなくて、地域で住んでいる人の援助を担っていこうかなと楽しみにしている。

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