病気とは 医療とは 薬飲まず働く日々からの発信 ー7月24日 すいごごカフェ ゲスト:天野美和さん

DSCN7042.JPG
事前のポスターでは「トリプルワーカー」と紹介していたが、冒頭「現在はダブルワーク」と訂正された。そのポスターに「今は薬を飲んでいないが、病気が出ないわけじゃない。それとどうつきあうか苦労している。障害者が働く現実は厳しいものがあるが、それに負けない心構えを語る。」と記してあった。

これを書いたのは、就労移行支援事業所「世一緒」の高瀬さん。前に勤務していた南埼玉病院で、天野さんと出会った。
DSCN7035.JPG
8年前まで大きな子どもだった

 天野さんが抗精神病薬を飲んでいた8年前の記憶を語った。子ども3人に家事を全部任せて、大五郎という焼酎を飲んでいた。そのくらいの記憶しかない。若いころから自分が正しい、自分がやってることにまちがいはないと思って生きてきた。実際はわからないことだらけだったのに。ほんとに子どもだった。

 それが躁鬱を経験して、1年半入院して、40歳近くなって、あんなに休んだことはそれまでなかったんじゃないか。「天野さんいつも寝てるよね」と病院で言われたくらい寝ていた。

退院しても、いろんな人がいるよという感覚までいけなかった。OTの人に、なんで?なんで?と連発していた。「色鉛筆でもいろいろあるでしょ。いろんな人がいるから、いろんな考え方あっていいんです。」と言われた。でも、いろんな人はいるが、それにどう対処していいかわからず、眠れなくなった。家事も完ぺき主義で、手を抜けと言われると「なんで?」。「こんなに悩むんなら、薬飲んだ方が楽なんだけど」と言ったら、「だめです」と言われた。

DSCN7034.JPG
薬を飲まず働く天野流スタイル

OTに課題として挙げられたのが、「食事」、「育児」、「掃除」……のうち、「食事を決まった時間に食べましょう」と言われたが食べない。今日も食べて来てない。そして「まず掃除をやめましょう」と言われ「ええっ?!」。無理のないペース配分をつつがなくできるようになったのが、5年位前のこと。

7年間南埼玉病院で治療を受けていて、働けそうだなと思った時、その会社に、いまこういう治療を受けていますと言ったら、かまいませんよと言われて働き始めた。一切他人と関わらなくてできる仕事がDM便。ブツを家まで持ってきてくれて、無言で空容器を回収してくれる。2年位それをやって、それから他人と関わる不安がなくなり、かれこれ8年位そこの運送会社とつきあった。障害者手帳は返納した。
人間関係のトラブルでそこをやめ、別のところで昼間働き、いまダブルワークをしている。昼間のところは障害者がいない。夜の職場は障害者がいて、その人は健常者と同じ失敗をしても「障害者だから」と言われる。ハローワークでは、障害者手帳を持っている人はあくまでも障害者なので、正規は100%ありませんと言う。

8年間勤めた中で、未払い賃金が10万位。挙句の果てには「あなたの仕事が遅いから」と。新越谷からレイクタウンの間を自転車で走ると20分くらいかかるところを私は10分で移動していたのに、ノロマとかグズと言われた。社会保険が変わった時給料がぐんと少なくなったので辞めた。がんばっても報われないことは、社会にいっぱいある。お金はあるに越したことはないが、欲を増すと長続きしない。

今でもOTのところに行って、話をしている。そして気分をリフレッシュしているので、うつの症状が出ずにいられている。基本的にこもっているのが合っている性分だから。そんな私がお金のために働いている。

薬を飲んでいなくても、人間だれしも悩みはある。聞いてくれる人がいることは大切。もう8年、月に一度たわいのない話をするために、お金を払って通っている。その人のところに通って憂さ晴らしをしているから、ダブルワークを続けられている。

DSCN7032.JPG
綱渡りの日々からのアドバイス
薬を飲んでないからもう大丈夫でしょうとは言えない。今年の初めも、職場でブチ切れたんで苦しかった。その時も相談に行ったら、「かなり疲れてますね」と言われた。「天野さんは疲れなければ、なんで相手がそういう態度を取るかわかる人ですよ・家のことをやりすぎてないですか。」と言われた。綱渡りの日々です。

いまの勤務時間は9時から2時半だが、8時半ごろには行く。夏休みは8時半から3時半。自転車で5分ぐらいで家に帰る。忙しいときは3時半まで仕事をして3時40分に家に帰る。カップラーメンにお湯を入れて、その間にシャワー、バスタオル。氷をカップラーメンに入れて、着替えをすませ、30秒で飲んで、夕方4時半から9時半までの仕事に出て行く。きっちり9時半に終わり、おしゃべりしなければ45分には家に戻る。そこから自分の時間。日付が変わる前に寝る。以前、立ったまま寝ていたことがある。たまに飲みすぎてテンションが上がると眠れなくなる。
夕方からの仕事では、ある人に無視をされている。でもやるべき仕事はちゃんとこなしている自身があるから大丈夫だ。

ここにいる人はみんな働ける気がする。仕事をえり好みせず、1万でも3日でもやってみるといい。3日で辞めてもいい。それが時給で働く気楽さだから。自分がどれだけ社会に適応できるかやってみたらどうか。「障害者だから」という言葉は覚悟して、仕事を探したほうがいい。1週間しか続かなくても、1週間頑張ったという感覚で、自分をほめよう。他人とうまく会話できないなら筆談でもOK。自分が堂々としていることが大事。

車いすでも外に出て行って、こういう人がいるんだということをわかってもらわないといけない。精神障害は見えない。犯罪があるとすぐ精神鑑定をするので、一般の人は精神障害者は怖いと思ってしまう。自分が出て行ってつきあわないと理解してもらえない。

近所の人と関りを持ち、「実は1ケ月に1万でも仕事してみたいんだよね」と言えば、紹介してくれる人も出てくる。もちろん、ヘルパーを頼んだり、保護を受けたり、年金を受けることは悪くない。しかし、自分は障害者だからみんなに守ってもらって当然と思ってしまったら甘い。
世の中100%の健常者がいるとも思わない。それらを踏まえた上で、仕事をすることを前向きに考えてほしい。

DSCN7041.JPG
2年半前パネリストとしての天野さんの発言まとめ

以下は、2016年12月の共に働く街を創るつどいにパネリストの一人として登壇したときの天野さんの発言の筆者によるまとめ。

「天野美和さんは、精神医療と社会を考える上で、医療を利用しつつダブルワークまでしている当事者として、他者に自らをひらくことの大切さを経験し、周りにも発信している。

社会に出ることで、病気になる前は見えていなかった自分の立ち位置が見えるようになった。ただ社会にはまだまだ壁がある。

国はただ与えるだけ、病院OTやデイケアといった場所を提供するだけ、医者は薬を出すだけといったトライアングルが壁。行政も底辺でもがいている人に出会うチャンスがなく、期待できる人はいない。

自分が外に出て近所の人に挨拶したり家の周りを掃いたりしていればコミュニケーションの輪が広がり、調子が悪くなって夜中に奇声をあげても悪くは言われない。そこからお互い様の輪を広げトライアングルを抜ける道を考えてゆこう。」

DSCN7033.JPG
未解決の大きな課題がある

天野さんの体験は、精神医療とどうつきあいながら社会参加してゆくかについて、ああたしかにと改めて目を開かせてくれる。その上で、以下のように未解決の大きな課題も浮かび上がってきた。

すいごごカフェの質疑応答で、参加者の松丸さんが精神障害当事者仲間をたくさんもち、NPO法人を立ち上げてからいろんな人から電話がかかってくると話すと、天野さんは「うらやましい」と言った。

「自分も60歳までにシェアハウスを作りたいと思ってから4年たつが、何も進んでいない。ブログを立ち上げられるようにとPCを買ったが、まだ使えてない。」という。「障害があると働く実感を得られない人がけっこういるし、自分も含めて孤独死の不安もある。特に子供のいない人は頼れるところがないから。」と語る。

「私は休憩30分で12時間の仕事をしているが、貯金はゼロ。商工会議所に相談に行けばと言われたが、まだ具体性がないので行っていない。」天野さんは、いまのところお子さんの奨学金を返す応援もしているとか。

「今のダブルワークを続けていて、65歳になると収入が減るので、生活をどうしようかと思う。NPO法人立ち上げようとしたらお金も必要ですね。高瀬さん、スポンサーどうですか?」
DSCN7040.JPG

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント