共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS ベルタさん、ミゲルさんと「アンデスの心」の旅ーまだ入口(すいごごカフェ)

<<   作成日時 : 2019/02/04 20:17   >>

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アンデスの心の会とは

  「アンデスの心」という場合の「心」とは、アンデス山脈とその裾野から海辺にいたる自然の歴史、そして対内、対外のさまざまな社会相互の出合いとぶつかりあいを含む歴史を経て形作られてきた、人々の暮らし方、感じ方、考え方の根っこのようにある心性という意味だろうか。「日本の心」という言葉にはうさんくさいものを感じてしまう筆者だが、「アンデスの心」には惹かれるものがある。それはなんだろうか?

 越谷・水辺の市を始めた2014、5年のころ出店者だった「アンデスの心の会」の迫田ベルタさんと夫のミゲルさん。水辺の市に出られなくなった後も、市民まつりや産業フェスタなど、大きなイベントでは必ずと言っていいほど、ペルーの食べ物と民芸品の店を出している。つい先日の協働フェスタでも、元気にやっていた。

 ところが、私自身、ペルーが南米のどこに位置するのかさえ、あいまいなままだった。もちろん、ご夫妻がいつからどうして日本で暮らしているのかも知らない。いつも餃子のような形で肉を包んだパンを買って、ちょっとおしゃべりするだけ。そんな風にくりかえし出会うご夫妻に、1月16日のすいごごカフェにゲストとしておいでいただいた。

 初めて知ったのだが、迫田夫妻は、学校とか老人ホームとか、あちこち出かけて行って、ペルーの紹介をしているのだという。地球儀を持ってきて、ペルーは日本の裏側だと教えてくれた。そしてスペイン語の挨拶。「ブエナス タルデス」(こんにちは)、「グラシアス」(ありがとう)、「チャオ」(さよなら)。ベルタさんは来日して38年。越谷市蒲生にいたが、20年前同市内の平方に引っ越した。「いろいろあったけど、日本に住んでる」と含みのある言葉。その中身は後から語られる。

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ベルタさんの顔に刻まれた世界史

 まずペルーの成り立ち。1492年、コロンブスがアメリカに着いた。それから100年くらい経って、スペイン人が来た。当時は北の方からマヤ文明、アステカ文明があり、そして南の方にインカ文明(インカ帝国)があった。2千万人近くの大きなインカ帝国を1500人のスペイン人が滅ぼした。「だから、私の顔はインディオとスペイン人が混じっている。私がスペイン語をしゃべるのもそういうわけ。」とベルタさん。

インカ帝国が滅びたのは、当時内戦の最中だったから。インカでは神様に若い娘とか子供を捧げた。そのいけにえが、6700mの山頂で凍ったまま発見された。インカの最後の王様は捕えられていた部屋いっぱいの高さの金を交換条件としてスペイン人に払ったが、結局殺された。「罰が当たったんだな」とベルタさん。

次にペルーの地形。インカ帝国の城があったクスコは海抜3400mでここに空港がある。先日日本から友人を連れて行ったが、ベルタさんが高山病になった。日本人は大丈夫だったが。そこから世界遺産になっているマチュピチュに日本人観光客がたくさん来ている。ここは2000mとちょっと。あたり全体が遺跡で、王様の住むところだったらしい。水路や広場、家などが整った街だった。

ベルタさんの生家は海に近い首都リマ。ペルーには、海、山脈、そして砂漠もジャングルもある。アマゾン川もアンデス山脈で生れる。

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世界の野菜のふるさと

ペルーの動物は、アルパカ、ラマ、ビク―ニャなど。コンドルもいる。背丈が1m10pで羽を広げると3mにもなる。コンドルは高い所が好きで、死んだ動物を食べるのでゴミ屋と呼ばれる。アマゾン川に「ここはピラニアがいるから泳がないでください」と書いてあるところがある。ピラニアは血の匂いが好きで寄ってくる。

次に食べ物。ペルー料理は世界でグランプリを取っている。ペルーが原産で世界中に拡がった野菜はたくさんある。ジャガイモ、トウモロコシ、トマト、ピーナツ…。ジャガイモは3000種類ある。形も色も味もさまざま。インカのめざめがこの頃評判だが、日本で買ってもおいしくない。海抜2000〜2500mの畑で、土や天気やいろいろな条件があっておいしい物ができる。

トウモロコシも、ピンク、赤、白…いろいろな品種がある。紫のトウモロコシはジュースにするとワイン色になり、ポリフェノールが豊富なので、ベルタさんはイベントなどの時にジュースを売っている。

インカの人はもともとベジタリアンで、スペイン人が豚を持ってきた。4000mの地でジャガイモを凍らせて、踏んで、干した乾燥ジャガイモを用いて」、ベルタさんはイベントの時にインカのカレーに用いて売っている。

ベルタさんのおじいさんは、袋に入れた物を取り出して、陰でもぐもぐガムのように噛んでいた。コカの葉。これを噛んでいると高山病にならない。レストランでも、コップに三つ四つ入れて、お湯を注いでお茶にして出す。昔からのインカの文化。

ベルタさんは「田舎の人はよく働く」と言う。歩きながらアルパカの毛で糸を作る。その糸を虫や植物で染めて、その糸で織って、色あざやかな服を作る。

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ミゲルさんの顔に刻まれた世界史

38年前のことを訊くと、「実は私バツイチなんだよね」とベルタさん。前の夫が日本人。それでペルーから日本に来た。そして子ども二人を育てた。

そしていろいろあって、23年前にミゲルさんと知り合い、子ども一人育てた。ミゲルさんの姓が迫田。鹿児島からの移民の日系3世。だからビザがある。日本からペルーへの移民はブラジルへの移民より早かった。ミゲルさんはお父さんがペルーにおり、7人きょうだい。当時、スズキ自動車の部品の工場で出稼ぎに来ていたミゲルさんと知り合った。ミゲルさんは数年で帰国するつもりだったが...。

ベルタさんは、11人きょうだいで、やはりお父さんがいる。3年か4年に1回くらい、ペルーに帰り、店の仕入れもしてくる。

ペルーのことを何も知らず、いろいろ学び、終わりのほうで少しだけ個人史に出会った。日本は、「移民はいないことになっている世界第4位の移民大国」(2015年で39万人)として、知られる。ミゲルさんは1990年の入管法改正で日系3世まで就労可能とした後に来日したようだ。

かって明治時代に貧しい日本からペルーやブラジルをはじめ世界各国へおおぜいの移民を送り出した歴史を封印するかのように、日本政府は移民を公式には拒否したまま「外国人技能実習生」や「留学生」という形で127万人を超える外国人労働者を受け入れ、さらに増やそうとしている。彼らのほとんどが住民としての待遇を受けられないまま働き、不安定な生活を強いられている。

 今回はペルーの服を着せてもらったり、歌を楽しんでお別れしたが、これまで何にも知らなかったなあと思わされたことばかり。次回またお招きしたい。
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