共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 街の人・菅野さん(12.26すいごごゲスト)へのオマージュ

<<   作成日時 : 2018/12/29 15:02   >>

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障害者で雇用主の荒井さんが語る

 さよなら菅ちゃん、また来てご飯 

春日部市  荒井義明

夜も更けた11時頃、私は布団の中で携帯電話のワンセグでテレビを観ていると雨戸がガラガラと開けてサッシの戸も開けて、ドカドカと足音を鳴らして暗い部屋へ入ってきて無断で照明をつけそのまま台所に行って、何やら冷蔵庫の中を物色している様子、しばし、台所にとどまり、何かを食べてから食べた後かたづけもせず、ゆっくりと居間に来てテレビをつけボリュームいっぱいに下げて見ているのか見ていないのか分からないが、たぶん音を出すとわたしに「うるさい、はやくねろ」と怒られるからだと思います。

どういうわけか照明は消しますが、テレビは消したことはありません。多分真っ暗にすると落ち着かないのではと思いますが。だから菅ちゃんの来ているときはテレビが一晩中付けっ放しで、ある朝のこと、ヘルパーさんが来てみたらテレビがつけっ放しで、大人のビデオがついていました。笑えない話がありました。

普通だったら考えられないことですが、菅ちゃんの家の事情があって、ご飯が食べられないということがありまして、出来るだけ家族で面倒を見てもらうようにしていますが、どうしてもご飯が食べられなくて、お腹がすいているときは、夜でも朝でも構わず家に上がり込んで、冷蔵庫の中を物色して食べているようで、でも毎回うちの冷蔵庫におかずがあるわけではないので、パンを食べられてしまうので、私が朝食べようと思うパンがなかったりすると、朝のヘルパーさんが困るし、私も頭に来るので、パンだけは他の秘密の場所に隠してあります。

最近地域で子ども食堂が出来ているみたいなので、そういうものが菅ちゃんには必要だと思うんだけれど・・・。
一つだけ問題があります。女の子は怖がって寄ってこないのではないかという心配はありますが。

この間なんかは、浅草に遊びに行って帰りの電車賃がなくなって、浅草から歩いて帰るわけにはいかないので、浅草の警察へ行って、訳を言ったら住所とか電話番号とか、お父さんとか弟の名前を聞かれて、カバンの中も全部調べられて、警察の車で自宅まで送ってくれたようです。その前にかばん屋のおやじにお金を盗られたと言っていましたが、それは嘘でしょう。
荒井の感想は、よく1人で警察へ行く気になったなと。警察に行けば助けてくれると思ったのではないでしょうか。

そういうことで、笑ったり怒ったり、頭に来ることが多いのですが、仕方がないなと思います。私も障害が重くなって、動けなくなった分、怒りっぽくなって怒ってしまいます。どんな人間もそんな人生も考えようによっては楽しいのではないかと思います。              以上です。  (月刊わらじ 2018年3月号より)


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 菅野秀義さん 自身の語りを基にした暫定略年表

1958年 岩槻に生まれる

1966年 岩槻小学校(特殊学級)入学(女の先生に無理やり入れと言われた、普通に行けば高校を出て大学まで行ったんだけどと恨んでいる)

1972年 岩槻中学校(特殊学級) 入学(5人のクラス)

1975年中学卒業 このころから原宿、新宿、銀座などへ出歩く 
      
1975年 高等職業訓練校電気科入学 

1976年 高等職業訓練校電気科卒業 

1976年 川口・長井製作所(鋳物工場) 半年間

1976年 父の仕事手伝い(材木穴あけ、カンナかけ)

1977年稲 葉製作所(車部品をガン吹き)

1978年 2Zローン(めざまし時計、プレイヤー工場)

1979年 東芝関係のプレイヤーの工場で流れ作業

1980年 岩槻の元荒川沿いの土木作業所(砂利とセメント)

1988年 大宮の手配師の紹介で綾瀬のプレハブに泊まり込み副都心の都庁工事(地下2階でバリ取りなども。清掃で働く)

     さらに綾瀬のプレハブからゴルフ場掃除、屋上パネル貼り、側溝のコンクリートが重くてやめた。

1990年 父親の大工の手伝いでカンナ屑を燃やしたり、チェーンソーで柱を切ったり

1991年~ぶらぶら

1997年 市の紹介により新しくできた精神障害者小規模作業所ふぉるてに通所開始

1998年? ふぉるての関連施設の地域デイケア施設あんだんてに移籍

2001年? あんだんての利用料アップを機に退所

2001年~ 荒井さんの介助に入るようになり一緒にわらじの会他の各種行事に参加、全国旅行へも(行ってないのは沖縄くらい) 

 リサイクルショップで服を買い持ち金すべてを使ってしまい、浅草から歩いて帰ったり、終電がなくなり都内からパトカーで送ってもらったりも。介助料と年金の管理をを荒井さんや他の介助者に手伝ってもらいながら生活してきた

 ファッションセンスはユニークで、プロのカメラマンに注目され、路上で依頼を受けた写真がアサヒグラフに大きく掲載。

2010年 明治学院大戸塚キャンパスで「障害のある人とストリート」というテーマで、藤崎稔さんと吉田弘一さんと菅野秀吉さんと。コーディネーターは猪瀬浩平さん。

2018年、駅頭で周りをにらみつけていると通報があり保護されたり。けっきょく精神科病院に入院。退院後も服薬管理が難しいのでデポ注射を処方され落ち着く。生家の母が亡くなり、父と弟とその息子たちだけの世帯となり、

2018年 就労移行支援「世一緒」及びGHテレサ利用開始

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