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zoom RSS ひとびとの精神史の水系から-栗原彬さんをお招きして 3

<<   作成日時 : 2018/09/15 14:19   >>

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内藤  栗原さんは以前ボランティア学会の会長をなさっていて、その縁でちんどんパレードにも参加されています。最近、人々の精神史を出版され、ひと段落したので今日はおいでいただけました。最初にネットワークの代表の野島さんのあいさつをお願いします。

野島  栗原先生はちんどんパレードを気にいったという事で、一回埼玉にという事で今日お話に来ていただきました。短い時間ですが、意見交換しながら交流を深めたいと思います。よろしくお願いします。

内藤  ありがとうございます。続いて自立生活協会の代表理事の方にお願いします。
大坂  代表理事の代わりに理事の瀬井さんに。

瀬井  突然のご指名で戸惑っていますが、自立生活協会の理事をやっている瀬井です。自立生活協会は県内の団体、15の加盟、協賛もいれると40団体以上の団体が参加。理事会を年に数回開いていて、主にはあとねっと輪っふるで会議をしています。主に自立生活協会は地域の交流と同時に合宿をやります。今年は6月、100名以上参加しています。ぜひともこれから入っていない人はぜひ。どなたも入れますのでよろしくお願いします。
内藤  ありがとうございました。第1章の栗原さんのお話に入って行こうと思います。

序章 学ぶこと、学びほぐすこと

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栗原  こんにちは、栗原彬です。今日の資料集の表紙にちんどんパレードの写真が出ていますが、ここに映っているのがどうも私らしいです。

今日は、人々の精神史の水系から私が学んだことをお話しようと思います。今回の講座のテーマがひとびとの精神史の水系からと設定していただいたので、私が様々な場所で主に生きづらさを生きてきた人たちと出会って、そこで学んだこと、たくさんあるんですが、その一端を今日お話しようと思います。

様々な人と出会い、様々な言葉、身振りと出会います。その時に、わたしが絶句するような場面がいくつもあるんですね。それはつまり、受難の人々の投げかける言葉がわからない、何を言っているかわからない。まったく思いがけない言葉だったりする、

それから、ある身振りがわからない、意味がわからない。要するにはてなマークが出るような言葉と身振りに、実はそこから学ぶべきこと、出会ったその人の実存の深みに触れてくるような何かがある。そういうことに気付きました。

それであえてはてなマークの言葉や身振りを拾い、それを手がかりにお話をして行きたいと思うんですね。

その際に、このはてなマークがついている言葉や身振りについて、私はこう思うということを皆さんがお考えになる、お考えにならざるを得ないと思うんです。そのことについても話の中で皆さんのお考えを聞いていくことは時間的に難しいと思うので一応私はこう考えると話していきますので、後の質問やコメントの時間にご自分のお考えも出していただけたらと思います。

最初は杉本栄子さんから学ぶこと。

杉本栄子さんは水俣病患者の中で最も霊的に優れた感受性を持った方です。それで、水俣湾で魚が毒に苦しんでいる。行政が毒魚をドラム缶にミンチにして詰め込み、3000缶を水俣湾に沈める。そうすると茂道にいる栄子さんは魚の痛みを感じ取ってしまう。離れた場所で、しかも実際に魚をミンチ化していることを知らないのに。そういう人です。

この方は亡くなったんですが、この方からいろんなことを学んでいます。私と会うたびに私に対して言うことばがあるんですね。それは知ったかぶりをするなということ。会うたびに言うんです。しかも私にだけ言うんです。他の社会学者には言わないんですね。

そんなこともあって、知ったかぶりの話をしたくないと思っています。それで、こうやって学んだことを皆さんにシェアしていただき、はてなマークについて考えていただくというやり方で話を進めていきたいと思います。

第1章 杉本栄子さんから学ぶことー地域、公共性、自己 (写真は熊本放送より)

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最初の杉本栄子さんのはてなマークの言葉は「この下は何ですか」という言葉です、これは水俣展のとき。水俣フォーラム主催で、広く水俣を知ってもらうために展示、同時に患者さんに来てもらって話をしてもらう。それをやってきました。

山形県の高畠という有機農業の里、そこで話をしていただくことになり、水俣・高畠展を開いた、その際に、杉本栄子さんに水俣から高畠まで飛んでいただきました。空港からタクシーで、市民ホールに入ります。そこは街の中心街を占めている場所にあり、県立の病院と養護施設が片側にあります。他方に市民ホールがあります。ものすごく近代化されている美しい場所です。そこに降り立ち、入る前に、夕方で美しい夕空を眺めていたんですが、不意に私に向かって「この下は何ですか。」舗装された広場の下は何か、と問われたんですね。

皆さんはどう答えますか。私は問われている意味が解らなかったんですね。

そうしたらそばに居た小林貴宏さんという、町役場の若い職員の人が即答しました。彼は浅草に生まれ育ち福島の大学で勉強しました。福島の大学を終えた時に浅草にはもう帰りたくない、なぜかというと自分が育った浅草の路地が無くなって、更地化しているという。路地が無くなった限り故郷はないと思う。それで、福島県の峠を越えて山形に入っていきます。路地を探す旅に出る。最初に降り立ったところが高畠で山と山との間のまさに里山、しかも有機農業をやっていて非常に美しい場所、彼は、ここに路地があると思うのです。

どういう場所か全く知らないで、ここはどこですかと聞いて、有機農業を先駆的にすすめてきた方が星寛治さんという詩人がいて、その人の所を訪ねたらいいと言われ、いずれ高畠に住みつくことになるのです。ひとまず、町役場の職員として入って、生活が成り立つようにしておいて、有機農業をゆっくりと進めていったらどうかという事でした。

その彼がそばに立っていて、即座に答えました。はっきり覚えているんですが、「この下は田んぼでした」、それに加えて、「美田でした」と答えました。

この下は何ですかと聞いた問いの意味が分かりました。それで、聞かれてとっさに分からなかった自分を恥じたんです。近代化されて、美しい市民の広場になっています。でもそれは田んぼをつぶしてその上に舗装された広場を作っているのです。田んぼは無数の命がざわめいている場所、その上に公的な広場で覆うことになったわけです。

これは実は水俣で進行していることです。埋立地、水俣湾の有機水銀を含んでいるヘドロをかき集めてその上に土を載せ、芝生で覆う。それを県が進めていく。それが水俣の埋め立て地で進行しています。だから水俣の埋め立て地の下には水俣湾の無数の命がありました。海の命の世界を覆うようにして公園が作られているのです。まさに、高畠でも水俣でも、という事になる。つまり、地域の重層性があると言えます。

高畠という地域ですが、そこには、元は田んぼだった、美田だったという記憶があります。それはつまり原地域、バナキュラーという、根っこという意味と居住するという意味と両方あります。そういうバナキュラーという、地域の根っこにある、そういう記憶の中にひとは暮らしているのです。バナキュラー原地域の上に近代化された娑婆としての、修羅場としての、あるいは世間としての地域があるわけです。

そういう原地域、水俣病患者の浜元二徳さんが「じゃなか娑婆」、そうじゃないもう一つの娑婆という言い方をします。それは原地域、根っこにある地域をそう呼んでいるのです。水俣病患者の中でも地域の重層性を踏まえ、自分はどこを根っこにしているのかという意識があります。

それから響き合う地域、離れていても根っこの部分と現実のシャバとの重層性という意味で言うと、まったく響き合っています。それを証明するかのように高畠では草木塔という、草や木のおかげで我々が生きることができるという、草木供養塔というものが田んぼのあぜ道に立っているのです。それと水俣病患者が埋立地に建てた野仏、石仏とが響き合っています。そういうことが水俣展を開くことで見えてきました。

とりわけ、この下は何ですかという言葉から拓かれてきた、単に生物が豊かに生きていた土地が近代化によってつぶされたという事だけを言っているのではない、行政がそれを公園と呼んだり公的な広場として作っている、公共圏として作っている、それに対し、もう一つの公共性がある、それは根っこのところで生きていて受難者たちの支えになっている、もう一つの公共圏、この下は何ですかという問いに対して浮かび上がっていく地域の問題の論点です。杉本栄子さんが水俣・高畠展で発した問いに小林さんが答えたのです。

それでも、こういう水俣展のような、人々にとって、命にとって、大切なことをやる、広場にもそれなりの意味がありますねという、杉本栄子さんは優しい人で、そういうことを言って市民ホールの入り口に向かいました。そうして入り口で立ち止まったんです。市民ホールに向かって深々とお辞儀をして「お世話になります」と挨拶して入ったんです。市民ホールの中にいる職員に言ったわけではなく、建物そのものに向かって挨拶した。これは、なんなんでしょうか。

市民ホールそのものはコンクリートで作られた近代的な建物、物理的なものです。でもその建物が水俣病患者である自分を迎え入れてくれるもう一つの自己、建物に自己を認めている。それで挨拶した。それは、ちょっと胸がとどろく経験でした。

しかも杉本栄子さんは立教大学にも来られましたが、同じように建物に入る時に挨拶して入ります。どこでもそうでした。

だから、建物と人間、まったく異なるものが出会うときに相手に尊厳をもつ自己を認め、それと同列になる事が重要です。英語で言うとアラインメント、相手に自己を認めると自分も自己として同列になる。同列になる時に新たな新しい私たちが生まれる。そういうことを杉本栄子さんの二つの言葉から教わりました。

地域ということ、公共性ということ、自己ということを教わったのです。
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