人と人を分け隔て、競争・敵対させ、殺し合わせる戦争国家への道を止めよう!―安保法制違憲訴訟・東埼玉

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 昨年3月、安保法制違憲訴訟埼玉の呼びかけ人に名を連ねたとき、「障害、病気、性、所得、民族……いろんな人が共に学び、働き、暮らす地域を分けて壊す 戦争国家への道を止めよう!」というメッセージを送った。

 その後、9月19日に「東埼玉違憲訴訟のつどい」が開催され、そこで佐々木弁護士がこの違憲訴訟を「みんなが見ている前で崖を登るような運動」と評した。

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筆者はブログでそのことを紹介しながら、1989年の大喪の礼の時、右翼の装甲車と機動隊が集まり騒然としている街で、障害者たちも参加して「天皇死んでもええじゃないか」などと歌い踊りながら浦和を練り歩いたことを想い起していた。また、そのデモの準備過程で行われた連続講座で、故・丸木俊さん(上の写真)が話した「『お国のためにはこの身をいとわない』というようなものの考えを捨てないといけないですね。どうしたら命をながらえることができるか。…子供にも『死んではだめ。生きるだけ生きるんだよ。…』と話しましょう。」という言葉を想った。
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障害者が街で生きるということはそこにつながっている。そして、この9月19日のつどいで、共同代表の倉橋綾子さん(上の写真)がまとめに語られた、「平和を創りだしてゆく」、「平和貯金をするためにこの裁判がある」という言葉も、同じ線上で受け止めることができた。
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11月26日、第2回の東埼玉のつどいが開かれた。Facebookの記事にはしたが、ブログは載せ忘れたので、遅ればせながら報告しておく。講師の軍事評論家・前田国男さん(上の写真)が「あぶない安保法制~軍拡で国を守れるのか~」と題する講演を行った。冷戦後、欧米の軍備削減が進み、ASEANも多様性の中の共存を掲げている流れに反して、日本だけが軍事大国化し、脱専守防衛路線を明確化したことの不条理を指摘された。これは、障害者権利条約を進めてきた世界の流れに逆行して、日本が特別支援教育、施設、病院増で分ける流れを強めてきたことと共通の根っこがあると感じた。明治政府が進めた富国強兵、殖産興業の道が貫かれ、膨れ上がって行こうとしていることを実感させられた。
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 前田さんが講演後の懇親会も含めて語られていたことは、国境を越え、軍事と民生を隔てるバリアを超えて、人と人が直接出会い、せめぎあい、折り合いを探りつつ生きることの大切さだったと思う。「東アジア・共通の安全保障」の確立へ!と呼びかけられていたことを、私流にはそのように消化した。
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この日、講演会会場が3階で、2階までしかエレベーターがない構造だったが、参加者が寄ってたかって、共同代表の一人の埼玉障害者市民ネットワーク代表・野島久美子さん(上の写真)の車椅子をかつぐという近頃では珍しい情景があった。どんなにバリアフリー化が進んでも、大災害時には昇降設備が停止し、こうして人と人が直接関わり合うことなしには共に生きられないことに気づかせられる出来事でもあった。

障害者差別解消法が施行されたが、差別解消よりも大事なことは、さまざまな人々が差別をおそれず一緒に生きることだ。一緒に生きる中でこそ、差別が具体的な形になって現れるし、それと闘ったり、乗り越えてゆく道も拓かれてゆく。障害者を分け隔てることにより、あたかも差別が解消した社会のように見せかけても、互いに分けられたそれぞれの場で新たな差別が生まれ、閉塞は深まる。前田さんの語る、国境を越えた人と人の直接の出会いの大切さと重なっている。

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