施設・病院と向かい合い地域で生きてきた30数年のまとめ的エピソード集 Ⅱ

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我が家の本棚を整理していたら出てきた貴重な歴史資料。国立コロニーのぞみの園 田中資料センター編 「わが国精神薄弱施設体系の形成過程-精神薄弱者コロニーをめぐって」(1982;特殊法人心身障害者福祉協会) かって同園に勤務されていた尊敬する先輩から恵贈いただいた本。1960年代後半から70年代にわたって、国、都道府県によって広大な土地に成人・児童、障害程度さまざまのいくつもの施設が集合する「心身障害者の村(コロニー)」がつぎつぎと建設された。この本はその過程を前史も含めて資料そのものによって明らかにしようと編纂されたもの。
 この中に1965年内閣総理大臣の諮問機関として設置された社会開発懇談会が「社会開発に関する中間報告」の中に「心身障害者のためのリハビリテーションの施設を集めたメディカルセンターの設置、一般社会で生活していくことの困難な精神薄弱児者のためのコロニーの建設」が盛り込まれた背景が新聞記事を引用して述べられている。
 「I 教授は専門の経済学の立場から『身障者の放置は国家のゆゆしきロスだ』と説く。つまり軽症者の場合はリハビリテーションセンターの設置によって新たな労働力を吸収できるし、重症者であっても施設に収容することによって親、兄弟の生産力を社会に還元できるという理論だ。-施設収容を急ごう-なるほど一時的には膨大な金がかかろう。しかし昨年11月に出た身障者福祉審議会の答申にも、国立視力センターの設置以来、失明者3000人の職業訓練を行ったが、自立することによって年間2億円の生活保護を浮かすことができた。」(読売新聞;1967.9.9)


 現在両親の死後公団住宅でさまざまな人々の介助を得て一人暮らししているTさんの母は生前、教育委員会の就学相談に行ったとき「お母さん、この子は国が面倒を見るべき子です。そしてあなたは健康なお子さんを産みなさい」と言われ泣き暮らしたと若き日の体験を折に触れ語っていた。ちょうどコロニー化計画が進んでいる頃だったのだ。下の写真は、悲憤をこえて強くなり、1980年「親と子のスウェーデン福祉体験旅行」に参加したときのT母娘。

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インクルージョンが叫ばれ、施設・病院からの地域移行計画が掲げられる現在、ことばこそソフトになったが社会の根幹では当時と変わらぬ思想が引き継がれているのではないか。



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