しょうがないじゃん。そこからしか始まらないんだから―「障害児」の高校進学全国交流集会へ

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 日本ボランティア学会の2日目は失礼して、「障害児」の高校進学を実現する全国交流集会実行委員会に出た。筆者は10月13日(土)、14日(日)に開かれるこの全国交流集会で、第3分科会「高校からつながる社会」のコーディネーターを務めることになっている。分科会のレポーターとして予定しているのは、NPO法人自立生活センター遊TOピアの事務局長で車イスのシングルマザー・高橋美香さん(上の写真)と、埼玉の高校進学運動の口火を切った3人の知的障害の生徒の一人猪瀬良太さんの弟・浩平さん、すなわちボランティア学会北浦和大会のしかけ人の彼である。出不精の筆者が、「境界対談」と名付けられた舞台に引きずり出されたのは、10月の全国交流集会に彼に出てもらうための交換条件という意味もあった。まあそんな裏話はともかくとして……

 美香さんは、今回の実行委員会向けに「私の人生をふりかえって」と題するレポートを送ってくれた。それによると、2歳のときに障害があることがわかったが、近所の子どもたちと一緒に育ち保育所に行き、地域の小学校に通った。トイレや教室移動に母が学校へ来てくれた。修学旅行では長い階段を子どもたちがかついでくれた。しかし、中学に上がる時、母の体力や学校設備の問題で、養護学校に行くことになった。初めて自分より重い障害のある人と出会い戸惑ったが、しだいに友達の思いを共有したいと感じるようになり、高等部では不良っぽい生徒たちでつるんで大人に反抗したりした。と同時に自立生活センター主催の「障害者甲子園」に参加し、障害を含めてありのままに生きる確信をつかみ、それが現在につながっている。

 このように、美香さんは養護学校卒業生。なのになぜ「高校からつながる社会」のレポーターなのか?それは、「高校からつながる」ということを、単に高校卒業後の進路とのみ考えたくないからだ。「高校」を起点として、社会のありよう、とりわけ障害のある人が他の人々と共に生きるありようを考えたい。それを「高校からつながる社会」ととらえたいのだ。

 「障害児」の高校進学について、というよりもそもそも通常学級で共に学ぶことに関して、自立生活運動をすすめている障害者たちの関心は一般にきわめて薄い。なぜなのだろうか?ひとつには彼らの多くが養護学校出身者であり、自分達の生きてきた道を否定されるような印象をもっているからではないだろうか。実際、教育委員会との交渉で、分けるl教育を批判する側が養護学校は温室育ちだからひ弱で、通常学級はもまれるからたくましくなるといった言い方をしてしまうことがある。教育委員会側が言う「生きる力を育てるための特別支援教育」のまさに裏返しのようだ。
 
 もうひとつは、自立生活運動の論理からいえば、障害児本人の意志を確認しないまま親の考えで通常学級、高校へと行かされているのではないか、それはおかしいという疑問が湧くのも無理はない。子どもの人権はどうなる?という意味で。

 そんなわけで、「自立生活」と「共に学ぶ」の関係をあれこれと考えあう場を設定したいと思う。

とりあえずコーディネーターとしての筆者のとらえ方を述べておこう。それは「いろいろあっていいんじゃない?」ということだ。別の言い方をすれば、「しょうがないじゃん。そこからしか始まらないんだから。」と。

 「本人の自己決定」を絶対視する考えもとらないし、「一緒がいい」という立場もとらない。なぜなら、私たちはみな生まれた時から死ぬまで、互いに他者であるすべての人と人の関係に組み込まれ、生かされている。「自己決定」というものも、つまるところ他者たちにより自己決定させられているのだ。そんな関係の中に一緒にいることは、けっきょく良くも悪くもない。

 他者たちの互いに異なる関わりにより「自己」が作り出されてゆく。だから自立生活は自己決定が重要なのではない。自力・自己責任が可能でなければ(誰かに依存するしかないのなら)分けられた場で生きるしかないなんてことはなく、他人の手を借りて(依存を逆手にとって)生きていいんだよ、ということが重要なのだ。

 では「共に学ぶ」は?通常学級に、高校に、重い障害のある子を入れたい理由が、それこそ親のエゴでも、障害の受容ができないでも、みんな一緒の全体主義でも、なんでもいいんじゃない?理由は何でもいい。すべては本人がそこにいることからしか始まらないのだから。そうやって入ってから本人がジレンマに陥り、不登校になるかもしれない。それも大切で必要なな体験といえる。もちろん本人だけでなく、家族やクラスメートや教職員、教育委員会にとっても。
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 現実には、かっては就学時健診が最大の振り分けの場だったが、いまでは乳幼児段階から早期発見・早期療育の体制が強化され、これまでは障害の範疇に入れられなかった「気になる子」、「困っている子(真っ先に困るのは大人なのだが)」までが、「適切な専門的指導がなされないと将来社会的不適応を生じ取り返しがつかないことになる」と、親の不安がかきたてられる。モノづくりを通して顔と顔がわかった社会から、モノづくりを海外に移してサービス化・情報化により互いに顔が見えにくい社会に変わってきたことが問題であるにもかかわらず、適応できない個が問題であるのように思わされてしまう。

 かくて教育委員会や教職員は、善意に満ちて、通常学級に紛れ込んだ障害児や高校の門をたたく障害のある生徒を、「本来ここに来るべきでない子」として扱い、障害を受容できずにエゴを通そうとする親に対しては、それなら親が付き添ってくださいと求めることになる。そのような善意からのいじめが日常化した結果として、心が折れ特別な場にわが子を移すにいたる親はあとを絶たない。

 特別な場に本人が移されることにより、問題は見えなくされる。また分けられることを拒み通常学級にい続ける障害児と親にしても、自分達のほかにこんな風につっぱっている親子はいないかもと思ってしまう。美香さんの親の場合も、そうした孤立感の中で苦渋の判断をして中学は養護へと決めたのだろう。

 こうして養護学校へと分けられた美香さん。だが、通常学級がそうであると同様に、養護学校も娑婆なのだ。訓練により少しでも健常者社会に適応しやすくさせるという方針に美香さんは反発しつつ、さまざまな障害ある友たちとの交わりとぶつかりあいを通して、いまここの娑婆を生き抜く。どこまでいっても娑婆であり、生きることの意味を比べるモノサシなどありようがない。「いろいろあっていいんじゃない?」とはそういうこと。

 エゴでも偶然でもいいから「共に」とこだわる理由は、いずれもかけがえのない生のありようを、互いにつきあわせることを通してでなければ、この相互依存的な関係の迷路を組み立て直すこともできないから。高校も特別支援学校も良くも悪くもない。そして、いつでもどこからでも「共に」へ。「しょうがないじゃん。そこからしか始まらないんだから。」 ということ。それは高校に行くことに限らない。この分科会も、ここからしか始まらないからやるのです。

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