共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS ミネルバの梟が迷路の闇から共に働く街を探る―たそがれ世一緒と世一緒deキネマ

<<   作成日時 : 2016/09/09 17:03   >>

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かわ、たそがれ、キネマ。こう並ぶと、最初の語は「河」とか「川」というイメージか。でも実際は「革」。毎週木曜の世一緒は、特別支援学級・学校の教員を退職した大塚さんが、革細工を教えてくれる。木曜当番の新井さんや常連の佐藤さんはもういくつも作品を仕上げ、イベントで売り始めている。

上の写真右端が大塚さん。教員を退職後、通信教育で京都の大学で陶芸を学ぶかたわら就労支援センターの非常勤支援員も。自分が学校から職場へ送り出した障害のある生徒たちの人生が気になっていたと語る。


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 革は当会運営委員の靴底加工工場主のオタニさんが供給してくれる。

 他はその日たまたま立ち寄った人。病院で配食の仕事をしているTさんは、休みで立ち寄り制作した小銭入れがすごくお気に入り。特例子会社で働くYさんは、体調不良で1ヶ月休職中に世一緒に来て、やはり小銭入れを仕上げた。今日は、介護の仕事を退職し、次の就職に向けいくつか面接中のSさんが興味を持って初チャレンジ。スーパーのバックヤードで働き、数ケ月前1時間勤務が増えたらとたんに調子が乱れ、退職せざるをえなくなったKさんも、やはり初めて。それぞれに、革を切ったり、叩いたり、縫ったりしながら、合間にぽつりぽつりと語り合ったりしている。

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 16:00が世一緒の活動終了時間だが、木曜は7月から16:00〜19:00に「たそがれ世一緒」が始まった。近所のアパートで長年一人暮らしをしている重度障害者・樋上さんがいわば「亭主」。そして、やはり近所に住む元市役所ケースワーカーの正木さんがサポート。手前右が正木さん。わらじの会発足時を知る、いわば県東部の共に生きる街づくりの歴史の証人。

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この時間は特別なプログラムはないが、「貧乏神」、「元祖登校拒否児」、「元祖マザコン少年」を自称する樋上さんのキャラクター、そして立ち寄るひとりひとりの話をよく引き出す正木さんの好奇心が、酒の出ない居酒屋のような雰囲気を醸し出す。ついつい立ち寄って、上司や家族の愚痴も交えてリフレッシュしていきたくなりそう。
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 「たそがれ」世一緒が始まってから世一緒に来るようになったNさんは、得意のマジックを披露。正木さんもマジックをやるので、響き合う。そんな中で、問わず語りに自己史を伝え始める人も。

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 七夕の日に始まった当時は19:00で戸を閉めても、まだ夕陽があたりを染めていた。今日は、まだ1時間あるのに、とっぷりと暮れている。
 上の写真左が樋上さん。20年前この近くに重度障害者職業自立協会の店「吐夢亭」をオープンした時店長となったのを機に、家を出てアパート暮らしを始めた。


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 そして、今日第2木曜は、19:00から月1回の「世一緒deキネマ」。就労支援センターの元所長・ヨシダコヲイチさんが映画&軽食のシェフを務める。よほどの荒天以外は屋外で中古タイヤの洗浄作業に従事する元世一緒スタッフのKAさんをはじめ、「たそがれ」にも間に合わない人たちが来る。私も「たそがれ」時間中にいったん自宅に戻り、仕事を終えた連れ合いとともに映画の途中から参加。
 
本日はジャッキー・チェン監督・主演「プロジェクトA」。

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 先日のネットワークの総合県交渉でもつくづく感じたのは、「働く」、「住まい」、「介助」すべてにわたり、分け隔てられた制度がきめ細かくそろっていることにより、それらがなかった時と比べ県職員たちがはるかに洗脳されていること。これだけサービスの選択肢を増やしてきたんだから、あとはそのサービスをいかに賢く使うかだといった感覚。恵まれているあなたたちが、この上何を言ってるのといわんばかり。
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私たちは、全身性障害者介護人派遣事業(下の写真)や生活ホーム事業(上の写真)といった県単事業やアンテナショップかっぽのような公的補助のない事業を用いながら、周りの人たちとどう渡り合いながら生きているかをくりかえしプレゼンしたが、なかなか伝わらない。県の職員からすれば、これらは国の制度が乏しい時代にやむをえず応急措置として実施した施策なのだから、いまや国の制度を活用すればいいじゃないかと思い込んでいる。
 
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 そうではない、資格などもちろんない友達やご近所が関われたり、地域の借家、アパートをそのまま利用できるといったことが、とても大事なのだ。おおげさな仕組みではなく、必要に迫られながら、結果的にいまはやりの「共助社会づくり」にもなっている。

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 その中でも「働く」の分野はとりわけ伝わりにくいが、それ以前に、こちら側でも企業就労している障害者の状況などは総合県交渉で語られる機会が少なかった。
 以前、駅頭のカンパやチラシ配布でも、会社帰りらしき障害者があからさまに嫌悪に満ちた様子で(時には悪罵を吐き捨てて)通り過ぎてゆくのを何度も見た。

 2004年にNPO法人を立ち上げ、2005年から市の就労支援センターの運営を受託する中で、企業就労したり離職したりしている障害者たちがつきあいの中に入ってきた。職業準備性ピラミッドと呼ばれる種々のバリアーを乗り越えねば「働く」ことは無理、あとは福祉の対象とする学校や職安、福祉・医療機関の体制に囲まれ、多くの障害者がそう思わされ、孤立してがんばり自らを追い込んでいた。

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 そんな中で「週1時間でも」、「福祉施設を利用しながらでも」、「複数」でも地域の職場へ、また「離職も時にはよし」等、さまざまな働き方を一緒に編み出してきた。

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市の機関の受託を終えて1年半。「たそがれ」の「亭主」が樋上さんであることに象徴されるように、この街の片隅で生きるいろんな人々が出会い、一緒に考えてゆくベンチができ始めている。

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 分け隔てられた制度がきめ細かくなればなるほど、総合県交渉での県職員の態度に示される制度への過信が膨れ上がり、人々の暮らしあう工夫やパワーではなく、強大な国家機構が社会を支えているかのような逆立ちしたマスイメージが強化される。安保法制や原発災害に際しての「自主規制」もそれを感じさせる。そんなことをあらためて、考えさせてくれた木曜日。

 ミネルバの梟は日暮れと共に飛び立つと言う。「たそがれ世一緒」と「世一緒deキネマ」−その旅の行方は? 

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