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zoom RSS 分けないで わけないで―総合県交渉に向かって遊ぶ・狂ふ ちんどんパレードの日の出会い

<<   作成日時 : 2016/08/24 00:00   >>

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 絵日記の旅は、退院した橋本画伯の通院につきあう。そして総合県交渉へ向けての「ちんどんパレード」に合流すべく、浦和へ。そこで、なんと、わらじの会16代目一年間ボランティア・安倍(現在・田中)千央さんに再会。

 いや、「なんと」ではなかった。画伯と絵日記の旅の行くところ、さまざまな再会がある、現に、さっきの病院でも、10数年前、短大の手話サークルに属していて、絵日記の旅仲間・聴覚障害の荻野さんと画伯に出会い、手話を教えてもらったと、看護師さんが話しかけてきたばかり。画伯たちに出会うことで、さまざまな人々が自らの社会史をよみがえらせる。
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 教員一家に育ち、教育学部に進み、休学した彼女が、埼玉に来て間もなく月刊わらじに書いた。「大好きなのも学校で大嫌いなのも学校だった。…よく考えたら物心ついて学校という場がないのははじめてだ。そうやってわらじの会に来たら、学校が『行っちゃいけない所』で『自分がいたらいけない場所』の人たちに出会った。」(「月刊わらじ」2005年6月号)
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 今日は、いつもfacebookで会っているが、ホンモノは初めての「じん」、「はーちゃん」と3人。任期終了後も、郷里秋田へも戻らず、新座で介助者等として働いた彼女。いまは木曽の海抜800mの地で、暮らす。
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何年ぶりかで再会した画伯だが、「あんばい」と伝えても、いまひとつ画伯のデータバンクは起動せず。キーワードが別にあったのか?

 そして、市民会館うらわからちんどんパレードに出発する。直前、画伯を交えて栗原彬さんと話す。栗原さんが会長を務められた日本ボランティア学会2012年度北浦和大会で、みんなの前で画伯が私の介添えで冒険と苦難の日々を話したよねと。視えない画伯だが、あの会場の空気のざわめきをよみがえらせたようだ。
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 栗原さんが最近の画伯の絵にふれて、以前のようなくっきりした線でなく、点線で描いていると言う。視えなくなった画伯は、世界をたくさんの点世界の集合として認識しているのかもと話す。
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 ちんどんパレードが浦和の街を行く。
https://www.facebook.com/inose.ryouichi/videos/1410088232339380/

「分けないで 分けないで お国の都合で分けないで あなたの都合で分けないで」、「わけないで わけないで 原発止めるの わけないで」
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 昨年のパレードの最中にかけあいながら創られたうたを響かせながら。

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 無常の世を生き抜くために総合県交渉に取り組み、無常の世なればこそちんどんパレードにた遊ぶ。

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だただ狂ふ。

ちっちゃなおもちゃのラッパを、ついに鳴らなくなるまで吹き続けた。
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 県庁まで練り歩き、窓口担当者に「要望書」を手渡し、集合写真を撮って終わる。

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笑いながら、深呼吸する。力を抜いて、総合県交渉に備える。

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 夜、黄色い部屋では月刊わらじ9月号の編集作業。9月号の特集「いのち」の原稿は、やや集まりが悪く、電話かけなど。編集長が自宅に届いた手紙を持ってきた。
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大阪府摂津市で、小・中を通じて通常学級で学んだ編集長。その時の担任・詫間さんからの手紙。カンパとともに、週末に大阪で開かれる高校問題の全国交流集会「なにわともあれ 分けたらあかん」へのお誘い。わらじの会夏合宿とダブっており、ジレンマの編集長。

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