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zoom RSS 津久井やまゆり園の事件―「障害者のためのインフラ整備」の背後で問われる「異なる他者」

<<   作成日時 : 2016/08/03 00:24   >>

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1.「排除の思想に恐れ・憤りー相模原殺傷 障害者への『壁』指摘も」

「『なぜ障害者だけ切り捨てられるのか』。脳性マヒで身体に障害がある春日部市の女性(58)はそう話した。」
 「障害者の就労や地域との交流を後押ししてきた越谷市内の障害者施設で働く男性(39)は、車いす利用者がバスの拒否にあったり、アパートを借りたくても断られたりと、障害のあるなしで分け隔てられる現実を目の当たりにしてきたという。『障害者に対する差別意識は個々の中に多かれ少なかれ存在してきた。決して植松容疑者だけの特異な問題ではない。」(朝日新聞埼玉版・2016.8.2)

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 この記事が載った同じ紙面に、「障害者自立支援法10年」の連載記事の第1回が載っている。...そのまとめー「営利、非営利を問わず、広く法人が障害者支援サービスを提供できるようになった障害者自立支援法(現在の障害者総合支援法)の施行から今年で10年。06年に最初の事業所を設立し、いま県東北部を中心に18事業所に広げ「県内最大手」となった……の歩み。そこには、だれもが心豊かに生きようと願う『挑戦』があった。」

 このように対比してみると、前の記事の中で、宇内一文常葉大学講師(社会臨床論)が述べている言葉があらためて響いてくる。

 「障害者と健常者の間にある壁を取り除くインフラは整いつつある。」、「ただ、差別する気持ちは簡単にはなくならない。どうすれば私たちは壁を取り除けるかを考え続けなければ。この事件を決して忘れてはいけない」

 「障害者自立支援法10年」とは、それに先立つ支援費制度の3年間を含め、障害者・関係者らの「地域で共に生きたい」というニーズを顕在化させ、充足させるためのインフラを整備すべく、民間資本参入を推し進めてきた10年だった。

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 しかし、障害者のためのインフラのみが先行し、健常者との間にある壁はさらに高くなった。

2.障害者自立支援法直前にあったほんとうの改革の波

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むしろ2006年に障害者自立支援法が施行される直前、それまでの福祉のありかたを根底から改革しようとする取り組みが、教育、福祉、労働等、さまざまな分野で、全国的に取り組まれていたのだ。その一例が、上の「船形コロニー解体宣言」(宮城県福祉事業団 2002年11月23日)だ。その一節を引用すれば……
 
 「今、施設で毎日やっている仕事は本当に入所しておられるみなさん達のためになることなんだろうか、本人達の幸せに繋がっていくことなんだろうか、ということにふと疑問を持ち、じっと周りを見渡すと、どうもそうではないんじゃないかと気づいてきた人達がだいぶ出てきたような気がいたします。不幸の淵に沈んでいくような生活をむしろ進めてしまっている専門職といわれた自分達のこの姿に気づいてきた職員が、だんだん増えてきた気がします。」

 「地域生活の支援の実務は、民間の社会福祉法人あるいはNPOとかの団体、市町村の社協など、福祉サービスのみなさま方の力を結集して、できる限り故郷に近いところで実施をしていきたいと考えております。長年、生まれ育った故郷から遠く離れて船形コロニーで生活し、本当につらい思いをされただろうと思います。そういうみなさん達に心からお詫びを申しあげて、船形コロニーの解体を宣言したいと思います。
 こうやって私どもが、まずこの宣言をして、そしてそこから新たなプログラムをみんなの知恵を集めて、障害を持つ人達の本当の幸せのためのプログラムを作っていきたいと思っております。」
 


  そして、2004年には、浅野史郎前知事が、県内すべての知的障害者施設の閉鎖をめざす「施設解体宣言」をした。しかし、2006年、障害者自立支援法施行とともに、村井嘉浩知事が解体方針を撤回した経過がある。

 埼玉県でも、2003年、土屋前知事による「全障害児普通学級籍」宣言がなされた。しかし、知事の交代と国を挙げての特別支援教育への奔流の中、分離・別学を固定化したうえでの「支援籍」に終息してしまった経過がある。

 これらの改革がつぶされた結果として、健常者の中の特定の人間だけが職業として壁の向こう側に出入りし、それ以外の者はつきあい方がわからなくなってゆく時代が始まった。

3.ニーズがあるからと分け隔て、生命・生活の価値を判定

 健常者たち同士が前よりも異なる他者との出会いを避けるようになった。障害者の中でももちろん。

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 ニーズがあるからと特別支援学校・学級が増設され、子どもたちがさらに分け隔てられてゆく。

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ニーズがあるからと新型出生前診断が行われ、まだ臨床研究の段階にもかかわらず、3万人が受け、異常ありとされた417人中の394人(94%)が人工妊娠中絶をしている。

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ニーズがあるからと脳死が人の死にされ、ニーズがあるからと尊厳死が準備される。

「地域で共に生きたい」という個々のニーズに基づいて、生命・生活の質を判定する基準が整備される。救急のトリアージのように。そうした時代の空気と、やまゆり園の事件は無縁ではない。

4.異なる他者との出会い、もみあい、つきあい

 「共に生きたい」個々のニーズに即応するだけではなく、ニーズも定かではない、存在そのものも消されている、さまざまな他者と出会い、もみあい、つきあいながら生きる。それを支えることこそ、いま切に問われている。

2000年代前半に試みられようとした施設解体、全障害児普通学級籍は、いずれも「分けられたところから一緒に」というたいへんな苦労を伴う取り組みだった。もし実現していれば、大きな社会実験だったはずだ。軋轢を伴いながら一緒に生きる。その体験を通し、もっと早くから、子ども時代から、生まれたときから一緒がいい、それしかないことを、誰彼となく感じ取れただろう。それらが挫折した上に、いまの時代状況がある。

 いまここから、また一緒に歩きだそう。



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「遺伝学の進歩が人種との関連性を断ち切った代わりに、出生前診断による中絶の自己決定を後押しする『ネオ優生学』の時代も到来しつつある。
 異なる他者について想像力を持たないまま自己決定権を享受した人々にとって、至近距離に入ってきた他者はモンスターだ。他者を知り共に生きようとする極と、他者を抹消しようとする極のどちらに、今、振り子はふれているのだろうか。」
(「障害者の受容と排除の歴史」 小児科医 熊谷 晉一郎  読売新聞 2015・7.12)

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