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zoom RSS 排除型から包摂型へ-深まりゆく差別構造 こしがやともろうから男女共同参画の歴史学ぶ

<<   作成日時 : 2016/04/27 17:39   >>

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遅ればせながら、先々週の画廊喫茶@‘世一緒V 4日目のゲストトークの報告を。 

 特定非営利活動法人こしがやともろうの代表・原博子さん、同法人が指定管理者として運営する越谷市男女共同参画支援センター・ほっと越谷の施設長・荒井ひとみさんをお迎えして。
 荒井さんとは越谷・水辺の市や実行委員会でいつも顔を合わせているが、越谷ともろうの何たるかは謎だった。原さんとは、まったくの初対面。
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 冒頭、81歳の誕生日間近かという原さんの語りから。
 「1970年代、越谷に初めて来た時、勤めに出かけるとき、毎日「Hのかあちゃんはどこへ出て行くんだい」ときまって言われた。自分自身は収入が増えるというより、誰かに喜んでもらうためにがんばってきたのだが。
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 75年にPTAの会長になった時、すごい差別を受けた。おんなが話すことをまともに聞いてもらえない。近所のだんなさんに副会長になってもらい、その人を立てて、市役所や連合PTAに意見を言ってもらった。75年といえば国際婦人年、その後の国連婦人の10年や女性差別撤廃条約批准のための政府による国内法整備の動きも、県庁には情報として届いていたが、市町村までは流れてこなかった。とてもくやしかった。

 1991年にやっと市が企画部都市文化課に女性担当を設置した。25年も待っていた。だから市民運動などしている人にいつもこう言う。『10年我慢してね。いい世の中になるよ。』
 その後ほっと越谷ができるまでにさらに10年(2001年)。泣くほど感動的だった。」
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 県立の男女共同参画推進センター・With Youさいたまよりも早く開設された。7年間は市の直営でやっていた。

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 荒井さんは、ほっと越谷がスタートした時市の職員としてそこにいた。

指定管理が導入されることになる中で、原さんら男女共同参画推進にかかわった市民と、荒井さんら男女共同参画業務を経験した職員とが集まり、特定非営利活動法人男女共同参画こしがやともろうを設立した。そして、2009年から指定管理者となっている。

 ……ということではあるが、市民グループと市職員が合流し、NPOを立ち上げる過程では、激突したり、後退したり、数えきれないドラマがあったのだろうと推測される。

 荒井さんは語る。
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 「人を大切にして、平等で平和な社会が越谷に拡がっていけばいいなと思って活動している。また、女性の自立支援について、出産・育児やDVなどさまざまな問題に取り組んでいる。その中でいちばん力を入れているのが、ほっと越谷の運営で、ここでは専門的なスタッフもいるが、市民目線もしっかり持っていることを土台に据えている。職員も地域の人に担ってもらうことを基本にしている。」
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 「ほっと越谷を拠点に仕事をしている中で、一緒にあれこれ活動してきたワーカーズコレクティブ・キッチンとまとの須長さんが、いつも『みんなで一緒にできることがあればいいね』と話していた。それで、水辺の市の話があった時に、参加した。やってみたら、世一緒やべしみともつながった。
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 水辺の市では、女性の自立支援ができればいいなという思いで、『カフェむらさき屋』をやっている。そこに、一人暮らしのお年寄りや散歩しながらゴミを拾っている人、『こういう場があったらいいな』と言う人などが立ち寄ってひとときを過ごす。大事な縁だなと実感している。これからは、こういうことも事業化できればいいなと思っている。」
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 そうだったのか。水辺の市が、それほどにインパクトをもっていたとは知らなかった。というよりも、おそらく、ほっと越谷がスタートして以来、そこでぶつかりあってきた様々な海流のせめぎあいとそのはざまで生まれる豊かな幸が、まだ現在進行形だということだろう。
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 原さんがかってPTA会長になって経験したあからさまな差別は、わらじの会が発足した当時の障害者排除を前提とした街の構造と通底する。
 と同時に、荒井さんとこしがやともろうが向かい合っている多様な形の差別は、「インクルーシブ教育システム」や総合支援法が唱える「地域社会における共生」に通底する地域内でのきめ細かな包摂型の差別と通底する。
 そんな印象を受けながら、聞いていた。

 お二人の話の後、参加者からいろいろな意見や感想が出され、討論もあった。たとえば、「男女共同参画の問題は、『権利』で考えると難しい。正解は一つではない。男女は一体と考えた方がいいのでは。」とという視点は、大切なことをはらんでいると感じた。上述の状況の深化とあいまっていると思われる。

 差別する側、される側がはっきり分かれるわけではなく、差別が内面化することにより立場が入れ代わったり、重層化してゆく。そこでの取り組みは、地域のさまざまな階層が出会い、一緒に動きながら編み出してゆくしかない。

 が、それらはまた別の機会に。

 最後に原さんから一句。  「紫木蓮まとひしものは心意気」 

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