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zoom RSS サバイバルからひらかれる世界―橋本画伯ただいま3週間

<<   作成日時 : 2016/03/21 11:18   >>

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自作の触地図を示して
3月3日(木)
母ミツエさんの入院・手術が4日後に迫った、盲ろうで下肢マヒの橋本克己画伯を囲み、サバイバル大作戦会議!
 ケアシステムわら細工のコーディネートにより、全身性障害者介護人派遣事業の介護人、くらしセンターべしみ非常勤、わら細工の介助者、家事援助ヘルパーを派遣する市社協のケアマネ、それに絵日記の旅の同行者などが、橋本宅に大集合。

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 画伯がおもむろに取り出したのは、浴室内の配置図をボール紙で作った触地図のようなもの。これを触りつつ、日替わりで夜介助に入る人々に風呂の追いだきを依頼し、入浴後自らが切るという段取りを説明する。今は亡き父譲りのアイディアマン!
 ふだん一堂に会することのない介助者たち。年々顔ぶれも変わっており、あらためて画伯に各自から自己紹介。手のひらに指でカタカナを書けばなんでも伝わると思い込んでいる人も。まずは、簡単な触手話により自己紹介することの大切さを確認。
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 幼いころから這って移動している画伯は床の振動に敏感で、他人が歩くのを体で察知する。視えない・聴こえないからと、コミュニケーションをとらずに家事などをしていると、振動を察知し不安や恐怖にかられることがある。聴覚障害でも歩けて視える荻野さんは持ち合わせない感覚。家に来たら必ず触手話、ないしは名前を漢字で手のひらに書くなどを、本日各々が予行演習を兼ねて画伯に自己紹介しながら、申し合わせる。

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サバイバル2日目の風景
3月8日(火)
「 束の間の暖かい日を有効に」とお天気情報欄に書かれていた3月8日(火)の越谷・水辺の市。だんだんにだが、常連客もできて、こんな日にはゆっくり回ってくれている。折しも税金の申告シーズンなので、偶然市役所を訪れてなんだろうと寄ってくれる人も。
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 とはいえ、まだまだお客さんは少ない。しかし、だからこそ、初めて出店した若いママさんも、長年ワーカーズコレクティブの事業所を構えてがんばってきた人たちも、そして地元企業の人たちも、互いの店に寄っては情報交換したり、折り入った相談までしている。

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 ある意味、有名な大バザールなどよりも、世間の秩序がほどかれ、その場だけのタイマン的な関係が芽生えるという点で、本来の「市庭」のかおりがする。
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 そして、世一緒では原則として店は出していないが、毎回、資材を運んだり、チラシを配るなどの裏方を担う。また、絵日記の旅は、水辺の市の日はここで昼食をとることにしている。そんな辺縁的な存在もあっての「庭」。
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 ゆっくり店を回りながら、常日頃買わない品々を、この日は買う。飛島村図書館除籍(?)の印の押された絵本の中に、井上洋介の絵本を見つけ、100円で買った。「ムシムシ エホン」。「だんごむし ぼくの ともだち まるく なって ごろ ごろ ごろ ごろ」など。
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 いつも昼食をとる水辺のカフェ「むらさきや」は越谷市男女共生参画支援センターの指定管理者でもあるNPO法人越谷ともろうが運営。4月14日(月)〜18日(金)に世一緒で開催する第3次画廊喫茶ウィークの際に、同会のトークをお願いしている。

 絵日記の旅一行は、午後は橋本画伯のお買い物ツアーに出かける。私はその送迎をして、合間に市の片づけをする。

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 すべて終わり、画伯を自宅へ送って行く。昨日から母・ミツエさんが手術・入院。画伯はサバイバル生活に入っている。車を降りた画伯は、ダイソーのレシートを1枚出し、視えないから何円か教えろと言う。108円だと告げる。

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いろいろ買ったらしいが、この108円が画伯の体内コンピューターにどのように登録されたかは謎。
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金曜の手話会で明らかになるかも。


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手術後の母に再会
3月15日(火)
BOY MEETS GIRL …といっても、サバイバル中の橋本克己画伯が、母ミツエさんの手術入院中の病院を訪れて1週間ぶりに再会を果たしたというだけのことだけれど。やはり、これはBOY MEETS GIRL なのだ。
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 自宅に入れ替わり入っている介助者たちは、盲ろうで下肢まひのため、全面的に母に依存して暮らしているという思い込みをもっていたぶん、画伯が介助者が来る前に鍵を開けたり、灯りをつけたりして待っているなどの対応に接し、その生活術に感心したりしている。

だが、やはり画伯自身は、極度の緊張や、早く思い姫たちの誰かと結ばれていれば?などの傷心にさいなまれているのか、日曜に恒例の「談合」に行ったときなども、苛立っているようすだった。
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 今日は火曜なので画伯プロデュースの小さな冒険旅行「絵日記の旅」の予定が別にあったが、急きょ変更。
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電車とバスを乗り継いで、約40分かけて、入院先の久喜総合病院へ。

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いざ対面すると、気恥ずかしく、会話もないまま手を握り合う母と子であった。  


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サービス利用計画作成
3月17日(木)
母ミツエさんの手術・入院で現在サバイバル生活中の盲ろう・下肢まひの橋本克己画伯宅を本日午後訪問。指定特定相談支援事業所らでんのお二人をご案内。
 お二人は画伯とは越谷・水辺の市で時々会っているが、車いすの画伯があえて二階に住むことを望んだことやこの日も視えない・聴こえないにもかかわらず、TVをつけて見入っている感じだったことなど、さまざまな暮らしの不思議にびっくりしつつ楽しんでいた。

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 今日は、らでんが計画相談を行うことになったための訪問。大きく枠からはみ出はしたが、8ヶ所に画伯の自署。そして、印鑑は?と訊いたら、拇印じゃダメかと画伯。かって自力走行していた頃、交番や警察などで拇印を押した経験がよみがえったようだ。10数ヶ所の拇印を押し切り、満足気の画伯。



足音だけでわかる
3月20日(日)
サバイバル真っ最中の橋本克己画伯との今週のスケジュール・介助体制を確認し合う毎週日曜18:30の「談合」。いつも画伯に対し、私とOさん、Sさんの3人が常連だが、今日はOさんは浦和レッズの試合で欠席。私はやや遅れて到着。
 Sさんはわらじの会の初期からのメンバーで、工業高校を出て町工場で働き、労組の委員長も務め、昨年末定年退職し、これからは雇われて働くのはやめ、畑や介助を中心に暮らそうとギアを入れ替えた。幼いころ工業団地造成のために田圃が売れ、その金を得た父が東京へ行ったまま帰って来ず、子ども4人と母の苦しい生活が始まった。工場で働き始め、わらじの会で活動し、結婚後も、家族解体の経験を繰り返した。
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 わらじの会とはずっと関わり続けてきたが、Sさんは自らの半生ゆえにとりわけ母の苦悩をほぐしたいというところに強い関心があり、「談合」で橋本宅に来ても、母ミツエさんとおしゃべりするのが常だった。また、Sさんはかって手話サークルの幹部であり、正しい手話を身に着けているがゆえに、画伯がわらじの会の人々との交わりを経て、また自ら考案して身に着けた独自の手話を受け入れることに抵抗があるようで、画伯とコミュニケーションをすることが少なかった。画伯も、そんなSさんとのつきあいはやや苦手のようで、介助をキャンセルすることもしばしばだった。
 しかし、今日は画伯とSさんが二人だけだったので、いやおうなしに挨拶などしたらしい。私が到着した時、Sさんがまっさきに発した言葉。「克己君は足音だけで誰かわかるんだね」
 聾唖に加え下肢まひで弱視の子どもとして育った画伯だからこそ、身に着けている感覚であり、これまでもSさんにそう伝えてきた。「そばにいるのに挨拶しないと、無視していると感じるよ」と。そのことを、初めて実感したようだ。二人だけで相対したからこそ通じ合えたこと。画伯も今日はおだやか。私もほっこり。
 社会の原点。

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