共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS 差別解消法・高校入試制度の歴史から 「どの子も地域の公立高校へ!」  (下)

<<   作成日時 : 2016/02/04 08:22   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
公立高校入試の歴史から―「点数がとれなければ不合格」は絶対か

 そもそも 入試=点数による序列化=点数がとれなければ不合格 というシステムが公平・公正なんだという発想自体、ゆるぎないものとみなせるのだろうか?
画像

 新制高校の歴史を振り返れば、第2次大戦後の1949年、文部省は「希望者全入」の原則でスタートした。すなわち通達では、「高等学校の校舎施設の能率的使用によって、できれば志願者の全部を収容することをメドとすべきであるが、それができない場合でもなるべく多く収容できるよう措置しなければならない。」としたのだ。

 経済の高度成長によって文部省は原則を変えたのだ。高度成長を支える労働力対策である。希望者全入がここで崩される。文部省は1963年通達及び1966年通達によって、初めて高校入試に「適格者主義」が挿入された。ここで、「定員割れでも選抜する」方針が導入され、「高校教育を受けるに足る資質と能力を判定」するとした。方針転換である。
 埼玉県教委は文部省の方針転換を受けて、1966年から「基準点制度」を導入した。基準点をクリアーしないとどの県立高校にも入れないという足切りライン。
画像

 だが、埼玉県教委は、1977年に至り、一転、基準点制度を廃止した。その時の通知は「高等学校は小・中学校に続く国民的教育機関なので、意欲と希望を持つ者にできるだけ機会を」である。また、「一次募集に際しできるだけ多くの志願者を入学許可候補者とするよう努め、もって募集人員の確保を図る」とした。

 さらに、1980年の通知では、1977年の通知の趣旨をなお強調し、「一般募集で受験者が募集人員に満たないか、またはこれに準ずる場合には、可能な限りその全員を入学許可候補者とすること」とした。その上で、「入学時にあらかじめ公示した募集人員が確保できるよう配慮すること」との念押しも行った。

 これらの背景には、県立高校増設運動を進めてきた県民の付託に応えるという意味があった。

 いっぽう国レベルでは、文部省は1984年になって、「高校教育を受けるに足る資質と能力を判定」という原則から再び転換した。高度成長が終り、長期不況へ移行する中での新たな労働力対策である。適格者主義は維持しつつも、「その学校の教育を受けるに足る能力・適性を判定」するとした。

 企業の海外進出と国内の産業空洞化・サービス化といった構造変化に対応し、高校の多様化、それに伴う高校ピラミッドが形成され、輪切りが進んだ。だから、一律の足切りラインはなくし、各高校ごとに選別する方針に転換したのだ。入試に関していえば、この原則が現在まで続いている。
画像

 このように高校入試の原則は、時代とともに二転三転させられてきたのであり、「点数が取れなければ不合格」ということは絶対ではない。学力検査だけでなく調査書の中の部活や生徒会活動の記載まで点数化される時代ではあるが、それらと面接結果を資料として「その学校の教育を受けるに足る能力・適性」を総合的に判定するのは、各高校長である。その高校長や校内の選考会議の見識が問われるのだ。

 埼玉県では、1983年、84年に、上記の「可能な限りその全員を」という通知をやめ、「あらかじめ公示した募集人員が確保できるよう配慮する」という通知にトーンダウンした。しかし、私たちとの交渉の積み重ねを通して理解を深め、2000年になってようやく「可能な限りその全員を」の通知を復活させた。

画像

 さらに、通知ではないが、私たちとの間では、次のような文書確認を行っており、毎年その内容を確認し直している。
 
・定員確保をするということと定員内不合格を出さないということは意味がちがう。定員内不合格は、教育の場を求める生徒を、枠があるにもかかわらず拒否することであり、公立学校としては本来あってはならないこと。県教育局としては、教育的にも問題の大きい定員内不合格を出さないようにという強い指導を行う。

 ・総合的判断の結果、本来あるべきでない定員内不合格を出すということはあくまでも例外的な措置であり、それ相応の明確な理由がなくてはならない。

 ・万一定員内不合格を出す場合でも、それはその生徒を受け止めきれない、環境を整備できていない学校や教育委員会にかかわる制度的な課題として認識する。

 ・教育環境を整備していくべき学校や教育委員会としては、国の動向を見ながら、受け入れへ向けてのビジョンを示す責任がある。

 
画像

 定員割れの場合に限られるとはいえ、点が取れたか取れないかとか、入れたい生徒か入れたくない生徒かに関わらず、希望する生徒を県立高校は受け入れなくてはならない。またどうしても受け入れられなかった場合は、受け入れられるための環境整備への計画を立てなければならない。

 言いかえれば、公立高校は、本来希望するすべての生徒にひらかれている。ただ、容れ物が限られるため、入試選抜を行う、本来はその範囲で各高校長の裁量権があるということ。「県民の付託」、「国民的教育機関」とはそういうことだ。
画像

  知事と教育委員が協力して最近作ったという「埼玉教育の振興に関する大綱」には、「皆さん一人一人が『人財』として輝けるような教育を進めていきます。」と書かれている。また、「社会が変ってもたくましく生き抜いてゆくためには論理的思考力や問題解決力も重要です。」とある。まさに、県教育局の論理的思考力や問題解決力をグレードアップして、さまざまな障害のある県民も「『人財』として輝けるような」高校教育を進めてほしい。

 今日、最終的には、局としてこれまでの選抜要領の改訂、改善も含めて研究すると、やっと口にした。まだ春は遠いけれど。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
差別解消法・高校入試制度の歴史から 「どの子も地域の公立高校へ!」  (下) 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる