共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS ジェネリック医薬品の海峡で―異なる文化を懐に街に出てゆこう

<<   作成日時 : 2015/09/12 22:11   >>

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少し前のことですが、わらじの会市民福祉講座、再開3回目は
田島玄太郎さんの「ジェネリック薬品」のお話。

 新薬ができるためには臨床試験が10年、コストは1000億円以上、成功確率は3万分の1ぐらいだとか。それに比してジェネリックは開発コストがかからない、約3千万ぐらい、申請も3年弱ぐらいでできるとか。

 気になる添加剤も国が安全だといっているもの。医療費は現在39兆円、一人当たり年間30万円。そのうち薬剤費は6兆7000億円、財務省・厚労省はこれを抑えたい、目標を立てて2016年度末にはジェネリックを60%以上、20年度末には80%にしたい、
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製薬業界も糖尿病・降圧剤・高脂血症など大口の需要が見込まれる薬が特許切れになるので大手がジェネリックに参入したり、バイオ医薬品のジェネリック(バイオシミラー)に軸を移したりしている。

 ジェネリックの会社は多すぎて、薬局もすべての会社の薬をそろえているわけではないので、患者がどの会社の製品を選ぶかは現状ではできない。結局は、自分の病気、治療期間(薬代)、信念に基づいて薬を選ぶということでしょうか。
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 田島さんはわらじの会の人にはおなじみの人。外資系製薬会社にお勤め。仕事柄、バイアスがかかっているかもといいつつ、わかりやすく話をしてくださった。普段の顔とはまた別の顔を見せてくれました。当日は素敵なお連れ合いとかわいいお子さんと連れ立って。

 上記・福祉講座の中身は私が勝手にまとめたもの。念のため。ありがとうございました。

 なお以下は、この講座開催に向けて、連れ合いの水谷が書いたチラシの文章。
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わらじの会市民福祉講座のお知らせ
6月27日(土)午後2時から
春日部武里団地・大枝公民館 300円
ジェネリックの話

田島玄太郎さんがやさしくわかるようにお話ししてくれるはず

生活保護の人にはジェネリックをとか、高齢者の医療費がかさむので厚労省とか経産省などがジェネリックを使うようにと目標値まで作っている。同一主成分のジェネリックを作っている会社は薬によっては20社ぐらいあったりする。主成分が同じでも製造方法が違ったりする。

製造方法の特許が切れてないから。処方箋に主成分の名前を書いても、どの製薬会社のジェネリックが薬局で出されるかはわからない。処方箋を出すほうも薬局もジェネリックを出すと(一定の割合を超えると)加算があり、ジェネリックを出すように誘導される。

医療費を下げるには、安い薬をたんとのむより、ほかにやることがいっぱいあるはずだけど。

どなたも参加できます。

 そして、以下は、わらじの会編「地域と障害―しがらみを編み直す」(現代書館発行)に田島さんが執筆した「ハードル 障害者との関りを通して見えたものーボランティアの視点から」の一節。

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■障害者の世界を通して見えたもの(3)‐働くということ

 今の社会は能力で分けてきたのだから企業の健常者の世界と障害者の世界が違うのは当たり前で、それを私のようにことさら強調してもしょうがない、と山下さんは言う。

 そして、今の社会は障害者と周りの人が共同して作ってきたもので、けれどもその「共同して」というのは決して一緒にという意味ではなく、福祉という名のもとに制度を使ってスマートに分けてきた結果なんですよと続ける。制度を作ってきた者だけではなく、無意識であった、あるいは忘れてしまってきた我々も異なる世界を作り出す一端を担ってきたと言えるのだろう。

 企業が競争社会でしのぎを削って生み出してきたものは健常者のみならず障害者の生活の質をも確実に向上させてきた。電動車椅子や福祉カーを例に取っても、それらが数十年前に比べ飛躍的に性能が上がり、障害者自身や介助者の活動の幅を大きく広げたことに異議を唱える人は皆無であろう。

v幾ばくかでも社会貢献につながる成功を遂げた時の喜びは企業に生きる人間としてこの上ないものであるし、私自身も仕事を成功させた時に同僚と分かち合ったこの上ない喜びは何度経験してもし足りないと感じる。

 一方で企業は営利組織であるから、究極的には効率至上主義、利己主義、拝金主義であり、そのために能力のない者は排除され、生き残るためには時には自らが他人を蹴落したり、逆に蹴落とされることもある非情な側面をも併せ持つ。近年では企業が生き残るためにリストラというあいまいな言葉へのすげ替えによる「首切り」が肯定的に捉えられる向きすらある。

 そんな社会で企業が障害者を雇用を控えることは今の企業の論理では当然とも言えるだろう。私でさえ障害者が辛い思いをしないためにはむしろ障害者は働かない方がいいのではないかと思うことがあるほどだ。

 そんな思いがあるから、会社社会に生きる私から見た時、健常者の世界と障害者の世界は本当に遠いと山下さんに嘆くように言ったら「メダルの裏と表の世界だからこそ本当に遠い世界に見えるんですよ」と言われた。

 なぜか不思議にこの言葉は暗闇の中にいる私にひとすじの明かりを照らしてくれた気がした。その遠く見える世界を再び引き寄せるため、数年前からわらじの会が障害者と健常者が共に働く街を創るための活動を新たに始めていることは記しておかなくてはならないだろう。

 そして障害者の側からの発信に対して街は少しずつ反応を示し始めているという。


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 あらためて、上記の文章に共感を覚えた。

 わらじの会には、さまざまな社会的立場の人々が呉越同舟している。製薬会社という世界的な企業から地場産業までを含む業界にも、利害を異にする人々が集まっているし、地域には薬漬状態の人から受診を抑制させられている人までいろんな状況がある。

 大事なことは、それらの人々が「平場で」すなわち日常のくらしの中で、一緒に買い物したり、食事したりしながら、互いのことばで語り合うこと。その時、取り繕うために合わせる必要はない。すれちがうことをそのままに伝えるjことが「共に生きる」ことだと腹をくくるのだ。無理矢理にエスペラント語を介在させようと焦る必要はない。そのままで、街に出かけよう!

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