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zoom RSS 画廊喫茶最終日 らるご内藤さんトークの後国会前行動へ 雑然と一緒に生きること

<<   作成日時 : 2015/09/23 15:12   >>

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職場参加ビューロー世一緒の第2期画廊喫茶も千秋楽の9月18日(金)。橋本克己画伯は、母ミツエさんが今朝揚げたてんぷらと揚げ餅をどっさり持って会場へ。
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午後のゲストトークは、内藤雅子さん。金曜日の世一緒当番で本日のホールスタッフの一人・友野さんの挨拶でトークが始まる。
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内藤さんは、NPO法人らるごが運営する自立援助ホームゆらいの世話人を3年間務め、バトンタッチしたばかり。もともと長男が不登校になったのをきっかけに、らるごに関わるようになった。越谷市の元職員で障害福祉課や児童福祉課で長く働き、社会的困難を背負った大人や子どもとつきあってきた。
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らるごは「学校や社会の価値観や枠組みにとらわれず、お互いの存在を認めあい、支えあいながら生きていくこと」を大切にしている。「子どもの育つ場はいろいろあっていい」という考えから、1990年からフリースクールりんごの木を開設し、まったく公的な補助金などない中で、月3万円余の会費で運営し続けている。職員の給料が出なかったことすらあったという。6歳から20歳が利用できるが、卒業は自分で決める。卒業後の道もさまざまで、今年もわらじの会の夏の合宿で一緒になったIT技術者のBくんもりんごの木OBだが、中学を不登校のまま卒業した後、独学でPCを習得し独立している。らるごでは、20歳以上の人の居場所として、月2回のほっとりんごという活動もしている。

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らるごでは、かねてから家庭で生活することの困難な10代後半の子どもと出会い、その生活の場の必要性を感じてきた。持続性ということから自立援助ホームの制度にのせることにした。児童養護施設等を退所した子どもその他が対象の施設。近年は、虐待が理由で児童養護施設に入所する子どもが6割にのぼる。児童養護施設は原則18歳までだが、高校に進学しなかったり中退した場合、18歳未満でも退所を促される。
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自立援助ホームでは、各自就労してその給料から月3万円の寮費(家賃・食費)を払い、貯金をして20歳までに外に部屋を借りて生活することが原則。ただそれができない子もいる。職員たちは調理のプロでもなく、家庭で食事を作る延長でやっているが、子どもたちは施設の給食の延長とみなして、嫌いな物は食べずに捨ててしまい悲しい思いをするといったこともある。

退所後は働いて独立している者が多いが、家庭に帰ったり、グループホームを利用した例もある。建設会社から寮付きの仕事の声がかかることもあるが、あまりやりたがらない。
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いろいろな課題を抱えているが、若者に向き合い、よりそってゆくという姿勢でやっている。退所後の支援にも応じられるようにしてゆきたと内藤さんは語っていた。

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元来地域に根差した関係の中で共に育ち、共に生きるという活動をしてきたらるごとしては、それまでの歴史をまったく異にする若者たちと向き合う中で、会の活動があらためて問われたのだと思う。内藤さんの報告に刺激を受けて、参加者のうち、障害者就労支援のベテランや就労していた自閉症の息子さんと生きてきた親など、それぞれの経験を踏まえた質問や意見がつぎつぎと出された。

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 らるごでは、県からひきこもり相談のセンターを受託する予定があるらしい。今後の展開を見守ってゆきたい。

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橋本画伯を自宅に送ってから帰ると、連れ合いが国会前へ行く準備をして待っていた.。70年安保闘争の敗北から後、ずっと「埼玉ひきこもり」にあえて徹してきたが、戦争国家へ大きく舵が切られる瞬間を凝視しておきたいという思いから、一緒に出かけた。
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経産省前テントを回り、路上でビッグイシューを買い、国会前へ。
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初めて行くらしき人も多く見かけた。たくさんの組織、グループ、個人が、ごちゃごちゃになって国会を取り囲んでいる情景が、地域を、暮らしをひきずっている気配が濃く、好ましい。
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 ステージはどこかと連れ合いと話していたら、機動隊の警備車の向こう側なんだと教えてくれる人あり。スピーカーから、落合恵子が「年を取ってすてきなことは、権力者より年上になることだ」とアピールで語っているのが聞こえ、大きな拍手が沸いていた。島田雅彦が、「いろいろな異議申し立てをこれからずーっと…残業の日もあるでしょう、デートの日もあるでしょう、そういうことも含めて無理のない闘いを。私も暇を見つけて、ビールがうまいと思うので。」と語り、ほほ笑む人々。
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 国会を包囲する人々の帯の中に細い流れがひらかれており、メインステージの近くまで回り込んで行ける。SEALDsを間近で見、コールを聞き、応える。
 そのけもの道のようなコースを二回りしたら、膝が痛くなった。山ではずっと歩けるのだが、明日も仕事なので帰ることにした。同じように帰る人の群あり、逆に来る人々あり。

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 国会前の道路を、浪江町の希望の牧場の、黒牛の像を載せたラックが激励しながら周回する。カメラを構えた時には既に遅かったが。ネットでは大阪の行動にスト中のコンクリートミキサー車が「戦争法」制定許すなと横断幕を付けて連帯の画像。
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 60年安保や70年安保の闘いとはかたちが異なる政治への参加が始まった感覚に腹がじんわりする。 整然と分け隔てられるのでなく、雑然と一緒に生きたいという人々の潜在意識が、いまここを創っている。

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