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zoom RSS 安心・安全神話の向こう側でバリアを楽しんだ旅の仲間たち―第38回わらじの会夏合宿を終えて

<<   作成日時 : 2015/08/29 09:55   >>

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第38回わらじの会夏合宿初日

第1回の合宿はいまは消滅した川口とうなす会と合同で伊豆で行った。
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当然だが、あの合宿に参加した顔ぶれでいまも会で活動している者はごくごく少数。既にこの世にいない者も多い。
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とはいえ、当時から夏合宿は一貫して公共交通機関を利用し続けていることや、寝食を共にし、一緒に大浴場に入ったりする中で、大小さまざまな出来事が当然起こり、終生忘れ得ぬ思い出を共有できる機会。今回もその例にもれなかった。
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 私たちの班のMさんはあと数ケ月で20歳。中学の途中まで地域の学校に車イスで通ったが、トイレ等親が介助に行かねばならず、特別支援学校へ転校せざるをえなかった。
その特別支援学校高等部の修学旅行も、親の付添を打診されたが、なんとか教員たちの介助で行けた。

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その時を除けば、親から離れて一人で宿泊したのは数ヶ月の埼玉障害者市民ネットワーク合宿が初めて。
その時は1泊だったので、今回記録を更新したことになる。そう語る笑顔が輝いている。

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世一緒のSくんは脳梗塞で歩きが遅いためふだんは使わない車イスを借りて参加。体重が前にかかり、ハンドグリップがやけに低くて押しにくいし、キャスター上げも力がいる。

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 その苦労をほとんど担ってくれたのが、かって不登校のまま中学卒業後、IT 関係の仕事で独立し、折々にわらじの会の行事に参加し続けているBくん。
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 生活支援センター非常勤職員になって数ヶ月のOさんとは初対面だが、20年前生活ホームにNさんの介助で入ったという。その後プロとして介助やケアマネの仕事を重ねてきたそうで、肝っ玉母さんのように、口数少ないAさんやKくんと冗談混じりでよく話をしていた。逆に考えれば、Aさん、Kくんがいたからこそ、Oさんもすんなりと合宿に溶けこめたともいえる。

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そのKくんはそんな風に世話を焼かれながら、脳性マヒのTくんの世話係と自認し、ずっと手を握って二人で歩いていた。

 私とSくんが班長ということになっていたが、定時連絡すら遅れる始末で、リーダーシップは皆無。下見に参加して現地をよく知っているEさんに丸投げしていた。
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Eさんと歩いていたFさんは知的障害で小・中学校ずっと近所の友だちと一緒の学校で育ち中学を卒業した後、地域活動支援センターパタパタへ。子ども達の中でもまれてきたからか、意に反して周りの思惑で行動させられることへ拒否するときの頑固さはひときわ。初めての合宿では座り込んでいつまでも動かなかった。

今回の班ではむしろ自分がリードしないと全体が動かないぞと感じたのか、見たことのないようなスピードで食事を片付けていたので驚く。

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 そんな風にして諏訪の宿に着き、やがてみんなが合流。ずいぶん前から白砂巌さんが着いて待っていた。70年、80年代の全障連の活動家で、90年代までに編集した著書の残りをできるだけいろんな人に上げたいと。
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彼はこの近くの白州町が田舎だそうだ。
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もう一人、かってふくしネットにいざの専従でネットワークの活動に参加し、結婚して長野在住のスブちゃん。こんな出会いも旅ならでは。

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 わらじの会夏合宿2日目

昨日の行程もそうだが、日中の行動スケジュールはすべて班ごとに独自に決める。
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 朝、ホテルの前で、コースを練る各班。白砂さん、スブちゃんとその子どもたちもどこかの班に。
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 そういえば、旅するテント劇団どくんごの2Bさんも初日から合宿に参加している。充電期間は終り9月から本拠地・鹿児島での稽古が楽しみだと語っていた。熟成された来年の芝居が待ち遠しい。
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 そして、今日主に午前中、地元のボランティアさん6人が同行してくれる。
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 わが8班にも主婦ボランティアさんが加わり、電車で上諏訪駅に向かう。
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 そして親子はくちょう号という遊覧船に。
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 湖上から宿舎の山王閣がくっきり見えた。

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 湖から上諏訪駅前に戻るとちょうど、「勝手に決めるな 戦争するな」のデモ。

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 先頭に制服向上委員会メンバーも。

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 メッセージボードをいただいた。
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集合写真にちょこんと入る。

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 その駅前で食堂や居酒屋を探すもいずれもクローズド。やっと見つけたミニスーパーのような店の前にテーブルとイスがあったので、その店でおにぎりやお惣菜などを買い込んでテーブルに並べて昼食にする。
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 終わって発泡スチロールなどを集めてまた店内に。よく見ると「労協」という文字が壁に。ワーカーズコープですかと聞くとそうですと、後ろの壁の「協同労働の協同組合」というポスターを指さす。実は埼玉でおつきあいがあり、こちらの近くで農業を始めた人も…などとおしゃべりする。偶然とはいえおもしろい。店の名は、買い物毎日「まるや」という。

 さて、ここからまた1時間ほど電車に乗って松本駅へ。山登り以外でこの駅に来たのは初めてだ。
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 城へ向かって歩き始めると、空がどんどん晴れて来て暑い。城に着いたが、天守に登るには40分待ちと書かれているので中に入るのはやめて記念撮影。一人だけ後ろを向くBくん。
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 ひまな写真屋さんに聞いたところでは、国宝の城なのでエレベーターなどないし、最上階の階段は敵が昇りにくいように段の高さがバラバラになっていて、歩けても危ないという。入らないでよかった。それにしてもぬけるような青空だ。
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 写真屋さんに教えてもらったお城近くのコンビニで全員アイスを買ってかじりつく。

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松本駅への道。歩道と車道の段差の切り下げ方がかなり急こう配で、Mさんの簡易電動やSくんの押しにくい手動車イスだと乗り越えづらい。だが、いくつかの箇所では、そこがさらになだらかに修正されていた(上の写真)。バリアの歴史を想い、今回は出会えなかった松本の障害者たちを想う。


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 宿に帰りつくとほどなく夕食。夕食の後、遊ぶ子ども達。私から見れば次世代の次世代。
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 食堂で顔を合わせた良太とチャーマン。同じ定時制高校の後輩と先輩の間柄。どの子も地域の公立高校へ・埼玉連絡会の歴史の登場人物同士だ。
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 昨夜は露天風呂から今夜は部屋から眺める上諏訪の花火。あの親子はくちょう号が停泊する近くであがっているようだ。これから今夜も交流会。

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 わらじの会夏合宿@山王閣;下諏訪 最終日

 朝、出発前に集合写真。合宿途中から参加した人たちもいれば、子ども一人だけでの参加、地元長野県からの参加などさまざま。白砂さんはこの後近くの八ヶ岳に来ている埼玉のとんぼの会のキャンプに合流するという。

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下諏訪駅の街かど博物館にあった御柱祭の木落としで何人もが巻き込まれているすごい写真。

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帰りも直行ではないのがわらじ夏合宿の流儀。わが班は中央線に乗り、まず下諏訪から甲府まで行ってそこで食事の予定。さすがに若者は元気。

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 ただ、合宿中ほとんど眠ってなかった者たちも…。鈍行か路線バスを利用する以外ない額しか交通費は支給されないので、こんな風に他の班と遭遇すること多し。

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 同じ車両に乗り合わせた巽編集長(左端)はさすが!既にモードを切り替え、明後日夜の月刊わらじ編集作業の確認をしていた。

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 武蔵野線では、登山姿の80代の男性と乗り合わせる。東京オリンピックへ向けて、都心や東京湾の自然環境を改善できないかというテーマで、奥多摩で行われている都の総合的な環境調査のボランティアとして山を歩いてきたという。先日尾瀬に行ったと話したら、冬の尾瀬のすばらしさを話してくれた。もっと聞きたかったが、間もなく解散地点の南越谷駅に。駅前広場は阿波踊りの渦の中にあった。その喧騒の中、今回親から離れて2泊を経験したMさんのお母さんが待っていた。
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 最終日も班ごとの独自行動のため、解散も班ごと。行きて還りし物語がしめくくられる。

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これも初体験。車イスを押して自力歩行で、迎えの車が待つ駅の外まで行くSくん。最後のドンデン返しが起きないか?!ホームから転落しないか?

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なんとか成功!38年目のわらじの会夏合宿、これで完結。旅に出て人と連れ立ち、日々の旅をまた始める。

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