共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

アクセスカウンタ

zoom RSS 「真に入所施設を必要とする障害者」って?! ?! 地域で生き抜く老障介護の体験を共有しよう

<<   作成日時 : 2014/09/13 18:42   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
 埼玉県議会で福祉部長は質問に答えて以下のように述べている。
「入所待機者の中には、強度行動障害や身体と知的の障害を併せ持った重複障害など、地域社会で暮らすことが困難な障害者が数多くおられます。
 また、これらの方々を介護するご家族の負担も大変大きくなっています。国においては、障害者入所施設の新たな整備は原則認めないという方針であります。しかし、一律に削減ありきではなく、各都道府県の実情を踏まえて整備すべきものであると考えます。
 このため、今後、地域社会では生活できない、真に施設入所を必要とする障害者やそのご家族のニーズに対応できますよう、障害者入所施設の整備方針の見直しを国に対し強く要望してまいります。」

 「強度行動障害や身体と知的の障害を併せ持った重複障害など、地域社会で暮らすことが困難な障害者」、「地域社会では生活できない、真に施設入所を必要とする障害者やそのご家族のニーズ」というとらえ方に対し、反論ひとつ出ない県議会の状況はおそろしい。

 障害者権利条約では 「障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずること」と定めている。「強度行動障害」とか「重度重複障害」という特性をもつ人がいるのではない。県福祉部のような態度および生産ラインのスピードに合わない人間は他者と共に生きられないという先入観によりつくられた地域社会のありようが、「真に施設入所を必要とする障害者」といった人物像を生んでしまう。

 現実の地域には、そんな障害者と家族をはじめとする周りの人々が、老障介護、障障介護をはじめとするさまざまな暮らしがあり、苦悩の中で編み出された技術のノウハウや深い体験が蓄積されている。入所施設整備に金をかける前に、こうした無形の地域遺産を保存し、共有するために金をかけてほしい。ちょっとした支えで、もっともっと生きやすい地域になるはずだ。

 そんな思いを込めて、2組の老障介護の現場レポート。


画像
96才のお母さんと二人暮らしだったKさん。お母さんが9月8日(月)、緊急入院し、とつぜん生活の危機に。その日、話し合いの中で、「Yちゃんちにお泊りする」と宣言し、Yさんの暮す生活ホームに初めて泊った。親族以外の家で泊るのはこれが初体験。わらじ夏合宿も行かない。入れてきた介助も、これまではほぼ送迎や活動の支援のみ。30年以上のつきあいはあるものの、ひきこもっていた期間が何回も挟まり、不在だった日々のほうがずっと長い。

 にもかかわらず、Kさんの口からとっさにそんな行動方針が出てきたのは、いろいろな会議や話し合いでYさんが生活ホームの生活を報告したりしているのをちゃんと聞いてたんだな、口を挟んだことはないけど、と周りはあらためて感じ入る。
画像

 不安な一夜が明けても母は家に戻れない。出張販売や農園、手工芸品づくりでつきあいがある人々らが、本人とともにこれからを考え合う。常に誰かの手を握っていないと不安が募るようす。Aさんの手を離すと間髪を入れずBさんの腕を握る。選挙期間中の候補者さながら。笑顔と険しい顔が、波のように寄せては引く。別の町で家庭を持ち働いているお姉さんも駆けつけてくれて、自宅に戻り何日間か外泊する用意をしてまた出る。二晩目には、Kさんも少し慣れたか、おしゃべりがうるさいYさんをこづいたりもした。

画像

 そんなKさんの状況と泊り介助に入る人々の組み合わせを踏まえ、週後半は両親逝去の後団地で介助を入れて一人暮らしをしている重度重複障害のTさん宅に泊らせてもらうことに。そして、連休を含む週末は自宅に戻りお姉さんが泊まりに来ることに。そしてまた生活ホームへ……。そんなめまぐるしいスケジュールをKさんが把握しやすいようにと、写真入りカレンダーが用意された。 
画像

 生活ホーム入居者会議にも出席したKさん。背水の陣ながら、新しい毎日が始まっている。


画像

9月11日(木)の夕方、職場参加ビューロー世一緒に残っていたら17:30頃、橋本克己画伯の母ミツエさんから電話。「克己を今晩べしみに泊めてくんないかね」、「どうしたの」、「リフトが壊れちゃって今日中には直らないっていうんだよ 克己はいま下にいるんだけど、2階の部屋に上がれないから、今晩はべしみに泊めてもらいなって言ってるとこなんだよ 本人は居間で寝るって言うんだけど、二人じゃ狭いし」

 橋本宅は、15年前に新築した時、それまで長屋で育ち大人になった画伯の強い主張により、1階に居間兼食堂や風呂場、2階に寝室(下肢マヒの画伯も含めて)を配置し、リフトで昇降する構造になっている。いまは両脚とも人工関節の母も日々リフトを使うし、新築後数ヶ月だけこの家で暮して逝った父も病気が進んでいたためやはりリフトを使った。
画像

 そのリフトも老朽化し、よく故障する。今回は、今日中には部品が入らないため、画伯も母も1階に取り残されたままになる。
画像

画伯と年が近いKさんが母の入院のため生活ホームに泊るという話を聞いているミツエさんは、この際克己もと思ったらしい。

 18:00頃、橋本宅に様子を見に行くと、ミツエさんは電話中で画伯の姿は見えない。「べしみでは泊ってもいいよって言われたんだけど、克己はいやだって」、「それで克己くんは?」、「一人で階段上がってっちゃったよ よく上がれたもんだよ」

画像

 30数年前、家でパニックで暴れていた克己くんを迎えに行き、耳鼻科等にお泊りするとリフレッシュしておだやかに家に帰った。だがそれを繰り返していたら、どうもおかしいぞと気づいたらしい。わらじ夏合宿も初めのうちは喜んで参加していたが、一人で街に出るようになったら集団行動のマイナス面を感じるように。生活ホームが出来たとき入居しないかと言ったら拒否。だから今回も、秘術を尽くして2階に上がったのかも。(上の写真は1981年の画伯)

画像

 2階の自室でTVを見ていた画伯に、状況を聞いた。午前中、べしみ職員と買物に出かけた。午後、母のところへヘルパーさんが来たので、階下へリフトで降り、ヘルパーさんの様子をうかがっていた。ここは若干説明が必要だが、盲ろう者である画伯は身辺にいる他者が自分と一切コミュニケーションを取らない時、無視や敵視されているのかもと不安になる。人がいる気配には敏感だから。手を触るだけの挨拶でも、とても安心したり、喜んだりするのだが。このヘルパーさんにも、画伯は不安を抱きつつ、気配をうかがっている。


画像

 そしてヘルパーさんが帰り、2階へ戻ろうとしたらリフトが動かず、修理を頼んだが直らなかったと。

画像

 階段をどう上がったか尋ねると、武勇伝を語るように、生き生き。段に腰を下ろして、リフトのレールをつかみ、一段一段ずり上がったと。今晩は2階で自室にため込んであるカップめんを食べる予定。

画像

 階下に戻ると、「私も上がるから 転ばないか 見ててくれる?」とミツエさん。杖をつき、なかなか持ち上がらない足を、苦労しながら一段一段運んで、2階へ。指示通り、階下の電気を消し、玄関のカギをかけて帰る。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「真に入所施設を必要とする障害者」って?! ?! 地域で生き抜く老障介護の体験を共有しよう 共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる