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zoom RSS 「働かざる者食うべからず」の社会で「職場参加」とは―三つのエピソードを通して考える

<<   作成日時 : 2014/08/10 11:33   >>

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最近筆者がfacebookにアップした記事から、「働く」に関連する3つを選んで、ここに掲載する。初めは、わらじの会の古くからの僚友である新井豊さんの逝去を悼につつ書いた月刊わらじ8月号の表紙から。

1.わらじの会の「職場参加」の草分け―新井豊さん逝く

 新井豊(左端)逝く。71才だった。写真は20数年前の生活ホーム・オエヴィス食堂。大阪から来たTさん(右端)とのひととき。最年少入居者だった吉田昌弘(中)も今年、1月43歳で逝った。オエヴィス発足時の入居者で生存は1人だけ。当時、重度障害者の地域生活は全国的にごく少数の例しかなかった。学生等を集められるリーダー的な障害者しか地域で暮せなかった。その中で、大阪、静岡、札幌、仙台、横浜、埼玉…と、アパートや民家での住まい・ケアの共同化が試みられ、自治体をも動かして行った。

 新井は既にアパートで暮していたが、オエヴィス発足にあたり、相談役として請われ入居した。当時恩間新田の夜道は暗く、新井が自車で介助者の送迎をした。

 新井は中学卒業後、親戚の縁で商品を電車で配達する仕事をしたり、街で出会った親方に見込まれ山奥や離島に電信柱を建てて回る仕事もした。まさに「職場参加」の開拓者でもあった。

 この故・新井と「職場参加」の関係について、もう少し説明しておきたいと考え、黄色い部屋の書棚をあさっていた。いま、、埼玉障害者市民ネットワークが1995年に開催したまちづくりセミナー・「生きること・働くこと」を問い直す の資料集が出てきた。そこにパネリストとして新井の名前があり、資料集の中に新井の実行委員会での発言が載っている。当時の筆者のコメントも含め、興味深い論点を示している。これらについては、後日紹介することにして、次のエピソードに移る。

2.Kさんに見る「職場参加」
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 障害者スタッフが当番を終えて帰った後の職場参加ビューロー世一緒(よいしょ)に居残っていると、ふらりと立ち寄る人影。無造作に自転車を停めたらしく、隣りの店に注意されている。入ってきたのは、数年ぶりのKさん、66才。ここ1年ほどは看板もちの仕事もなくなり、収入は年金だけ。金があるとパチンコですってしまうので、隣家に住む弟の嫁さんが金を管理し、毎週食材とタバコ1カートンを届けてくれる。調理は自分で。といっても飯炊きと味噌汁くらい。父親が亡くなったので、2階家に一人で暮す。
 
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 電気代がかかるからクーラーは付けないので暑いから、自転車で外へ出かける。金がないからマックで水を頼んだら、今回だけよと言われた。趣味のジッポのライターを店で見ていたら、どこに自転車を置いたか忘れてしまった。困って生活支援センターにSOS。交番の脇にカギを付けたまま置き忘れていたのが、自宅に送り届けられた。おまわりさんに、こんど交番に自転車を置いたら逮捕するよと言われた。土手で釣りしていたら、野良猫に餌をやりに来た人に、9月になったらネコ(一輪車)で砂をぶちまける仕事があるからやらないかと言われ、名刺をもらった。自分でないと猫が寄ってこないんだと言っていた。
 つげよしはるの世界だなあ。


 Kさんは中学を卒業した後、自分で地元の町工場に頼み込み、プレス工を何年かやった後、幸いにも指を落とすこともなくそこを辞め、別の仕事に就いた。以来、たくさんの職を経験した。履歴書に書ききれないと恥ずかしそうに笑う。昼間家にいると近所の人に何か言われるからと、仕事がなくても外に出てゆく。一時は、小学生の下校の旗振りをしていたこともある。

 上述した「看板もち」というのは、捨て看が禁止になった後、不動産屋がマンションや建売住宅の現地見学会の看板をアルバイトに持たせて、辻辻に立たせている、あの仕事である。椅子に座っている場合もあるので、誰でもできるようだが、昼食時やトイレ等定まった時間以外に持ち場を離れると、巡回監視している親方にみつかりクビにされる場合もある。風雨や雪などにさらされる厳しい作業環境だ。週末を中心とした仕事で、日給6000円ぐらいなので、それで食ってゆくのは不可能。不安定な仕事だから、逆に高齢者や障害者にもチャンスはある。Kさんの場合、タバコを吸いに1時間ほど持ち場を離れていたのをみつかり、クビになった。しかし、たまに、急病人が出たから今から来れないかと、電話が入ることもあると語る。

 働くこと=労働と引き換えに労働力再生産費を得ること=常用雇用というイメージが先行しやすい。また、その常識に縛られて過酷な労働に追い込まれるが、働けば働くほど貧しくなり、労働力再生産費すら得られなくなってゆく「ワーキングプア」が問題になっている。

 Kさんも広い意味では「ワーキングプア」と言えようが、これまでの約半世紀の人生で無職の時期が相当あり、そうすると金がないこと以上にご近所に何か訊かれることが辛く、だから手近で金が少しでも、時には無償でも、何か仕事をみつけて出てゆくことが、Kさんの生きるすべだったのだ。
 
 ひきこもっている人が「あなたのためだから外に出てゆきなさい」と親切で言われると、「大きなお世話だ」と殻にこもってしまう。でも、「アルバイトがあるんだけど」と言われると、交通費や昼食代でアシが出てしまっても、出てゆく。それは、自分を必要とする他者がいるからという意識だ。
 しかし、「働かざる者食うべからず」の社会の空気を吸って生きている側の人々は、働いても食えるだけの労働能力をもたない者は社会の負担で生きられるようにしてあげるべきだとみなし、それが時には排除、隔離、抹殺にもつながることがある。
 ほんとうは、「からだが辛いが自分が休むと同僚やお客さんに迷惑かけるから出てゆかざるを得ないんだ」と、グチることすらが喜びになる、そんな状況もあるのだ。だから私達は「職場参加」を提唱している。

 Kさんの話から脱線した。さて、facebook三つ目のエピソード。


3.グループワークから見えてくる職場参加
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水上公園の花壇の除草を25人で。世一緒に所属する就労支援センター利用者などと、市内の精神科病院デイケア、就労継続A事業所、生活介護事業所によるコラボ。
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時折り小雨交じりではあるが、家族連れや若者グループでプールは超が付くにぎわい。監視員、警備員など臨時採用の労働者もいっぱい。その中で制服のない作業員たちはどのように映じたのか?

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 同行者の立場でレポートすれば、この花壇作業は食うための苦役ではなく、社会の風にあたり、小雨でもやむをえず働くことをささやかな楽しみとみなしてしまう、もしかしたらプール客の遊びよりも ホモルーデンス的な遊びに近い行為かもしれない。
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草をつめた袋をかついで戻ってくる彼らの誇らしげなようす!


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反省会…感想のことばは短くみな似ているが、またやりたいという気持にウソはないだろう。

 社会から排除されてきたが故に、時には働かざる者食うべからずの社会を楽しんでしまう、いまここでしか生まれないだろう陽炎のような時空。

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