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zoom RSS 劇団どくんご「OUF!」飯能公演を観て異界を迷走す

<<   作成日時 : 2014/06/29 22:17   >>

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旅するテント芝居・劇団どくんご 「OUF!」飯能公演に、連れ合いと行ってきた。昨年の「君の名は」北越谷公演は、筆者が関わるわらじの会が実行委員会に参加し、終演後にはどくんごメンバーがくらしセンターべしみに泊り、交流の機会ももてた(下の写真)。
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 今年は飯能というので、公演を観てそのまま飯能の宿に泊まり、翌朝山に登ろうかと考えた。だが、雷雨が予想されるという。山はあきらめて日帰りにしたが、大雨に備えて山支度で行くことにした。その前に、浦和に寄り、どの子も地域の公立高校へ・埼玉連絡会と埼玉教組・埼玉高教組の話合いに出た。山へ行くのかと問われ、どくんごのテント芝居を観に…と話していたら、埼玉高教組書記長のSさんが、どくんごの立ち上げの時のメンバーが埼大の同級生で…と、あれこれ語り出した。どくんごの根っこは、思いもよらない所まで張っているんだな。
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飯能高校の教員もいて、これから飯能へ行くことを聞き笑っていた。そして、昼過ぎまで仕事だった連れ合いと南浦和で落合い、乗換の新秋津で遅い昼食をとり、西武線で飯能へ向かった。山に登れない代わりに、飯能駅から歩く。飯能の街を歩くといつも道に迷うのだが、今日は特に迷い、そのたびに人に聞いて修正するが、いつのまにかまたとんでもない方向に向かって歩いているのだった。小雨模様で、太陽の位置がわからないからということもあった。いつのまにか日がとっぷり暮れていた。

 こうして闇のなかを迷いつつたどりついたどくんごの犬小屋テント。開演間もなく、背景が取り払われ、闇の向こうからドラえもんのような、放射線防護服のような、はたまた宇宙生物のような空色のからだのモノたちが接近して来る(上の写真)。

以下、連想が連想を呼ぶ夢のような、星の王子様が訪れてゆく星々の出来事たちのような、数々の断章…その一部しか覚えていないが。

(実は、初めこのブログにアップした時、いちいち写真を付けたのだが、知人より助言を受け、写真は削除した。先入観に縛られず、イマジネーションをふくらませ、それがまた裏切られる驚きを楽しみながら観てほしいしね。写真を削除したら、うん、何が何だかわからなくなる。視覚による呪縛から解放される。筆者らの飯能会場への往復の道のりが、雨と闇によってゆらゆらと膨らんだように。)

 おそろしく髪を盛り上げたか、頭そのものが長楕円形なのかわからないが、宇宙人らしき女性が、いかにもガイジンといった口調で自分の星について語りつつ浮遊する。赤い星と青い星それぞれの住人は、1500才になったら家族も仕事も知人もすべて捨てて、もう一つの星に移るのだという。
 アーシュラ・K・ル・グィン著「所有せざる人びと」も双子の惑星の話だった。長い歴史を誇り、繁栄と享楽を謳歌する自由経済の星と、厳しい自然条件の下ですべてを共同で分かち合う星と。


 ピーターパンと称する男。会場のみんなをウェンディと呼び、「ピーターパン」と唱和させる。誰もが永遠に年を取らないネバーランドへ連れて行ってやると呼びかける。

 
 ワイドショーのグッズ紹介コーナー仕立ての一章。お金が湧いてくる財布。宇宙のどこかからの出品。出演者が寄ってたかって、イリュージョンを盛り上げる。「ジョジョの奇妙な冒険」のように、非日常が日常化したイメージ。

 前作「君の名は」に出てきた、弟が行方の知れない兄を求めて旅するワンシーンの再現。会場から拍手がわいた。

 開幕のときの大漁旗に似た背景が、そのままブルー一色に変って。宇宙の平和を守るエンゼルの登場。アイテムは多種多様だが、よく見ると日用品やおもちゃと変わりない。平和を乱すヘンタイかヘンタイでないかを瞬時に判断して、ネットゲームのようすばやくにクリックする。相手が増え、判断が間に合わなくなるが、続けなければならない。「ヘンタイ」を「○○障害」と入れ替えてみたら、身近な日常と似てくる。

 泡の中にまた泡があり、そのまた中にまた泡があって…。異界は何万光年の彼方だけでなく、身近な世界のそのずっと奥の方にもあるのかも。THE BLUE HEARTSが歌ったように。
 「永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
  いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか
   
  見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
  でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう
  答えはずっと奥の方 心のずっと奥の方
  涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方」 
                               (情熱の薔薇)

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鹿児島弁なのかな。とてもよかった。「タナカ」という友だちがいつも坂の上から「オーイ、オーイ」と呼ぶ。家の中でそれを聞いて外に出て「タナカアー、タナカアー」と叫ぶ。そのタナカが何も口を開かずに前にいる。何を言っても口を開かない。けっきょく戸を閉める。でも何日かたって、また坂の上から「オーイ、オーイ」と呼ぶ声が聞こえた。
 次のシーンでは、宇宙のどこかの星の人とダイアル式の古い電話で話をしている。こちらからは、星の光しか見えないが、向こうからはズームアップされてこちらが見えるらしい。その会話が、お世話になった人との日常的なやりとりと同じで、異界とは思えない。ご飯までテレポートされてくる。ドラえもんのポケットのように。でも味はイマイチ。やはり異界なのだ。

 子どもの頃、世田谷で育った。いまの245、東名高速のきわだ。当時、隣りの路地に、○○ちゃんという障害者がいた。一回だけ石をぶつけに行った。その時以外、隣りの路地に行ったことはない。そこは異界だった。あらゆる場所が異界だった。路地から子供だけで出てゆくとき、いつも気張っていた。

 日本は60〜70年代の高度成長期を経て、その翳りの見えた時に、こうした異界をすべて解体して行った。1979年の養護学校義務化もその一つだ。かって全国各地にたくさんいた○○ちゃんのような異界の主たちが、障害児として陽光の下に引き出され、集められていった。
 その昔、平城京建設の折りに、朝廷にまつろわぬ先住民たちが、鬼や土蜘蛛などとして、都を守る眷属にさせられていったように。
 しかし、そのことによって異界は消滅したのか?そんなことはありえない。日常の中に織り込まれただけに過ぎない。日常そのものが異界をはらんだのだ。

 自由……そこから逃走しなければと追いつめられる自由ではなく。からだの前の方にちょっとふくらんだ空気のような。そしてまた、背中にくっついた空気の袋のような淡い…自由。異界の痕跡のような自由。異界の記憶を宿した自由。そんな感じのフィナーレ。

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 でもほんとうのフィナーレはこれからだった。往きにさんざん迷ったので、公園の案内図をデジカメで記録して、駅へ向かう。でも、これは何の役にも立たなかった。このブログが、すれちがい、かんちがいの集積であるように。

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 道が細くなり、暗い暗い神社へ。そしてさらに沢沿いの道へ。あちこち迷走したあげく大きな道に出て、出会う人に聞きながら、ついでに缶ビールを買い求め、歩きながら、呑みながら、どうやら駅へ。OUF!ここがほんとのフィナーレ。






 

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