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zoom RSS やっぱり分けずに一緒がいい―これが「埼玉流」 6.21,22ネットワーク合宿報告

<<   作成日時 : 2014/06/25 23:12   >>

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 6月21日(土)、22日(日)、ネットワーク合宿(主催・埼玉障害者市民ネットワーク)へ行ってきた。90名ほどが国立女性教育会館に集まった。
 午後から出かけたが、すでに午前中から、要介助の障害者もごっちゃになって野球大会で盛り上がったとのこと。そして、午後の部冒頭は、「交換取材」の報告。県内の異なる地域で活動する団体が他地域の団体を訪問取材してきて、ここで発表するという企画。昔、わらじの会と大阪中部障害者解放センターが、「交換留学」と称し、重度障害者同士が1ヶ月間生活の場を入れ替わる試みをして、お互いにカルチャーショックを受けた。制度が拡充された半面活動が多岐に分化し、かつ閉ざされてきたいまでは、おなじネットワークの団体同士でも実態がよくわからなくなっている。この「交換取材」を通しいつも出会っている団体同士の知らなかった面を見ることが出来、さまざまな驚きや発見があったようだ。
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午後の後半は、児童相談所に長年勤めた後、退職後も自立援助ホームに関わる「生涯ケースワーカー」の門平さんの話と、生活困窮者を食い物にする無料低額宿泊所に対して裁判を起こした関野さんの話。

 門平公夫さんの「子供は社会の縮図」と題する講演。彼が関わってきた自立援助ホームの子どもたちのほとんどが、幼い頃から虐待を受けてきた、そして貧困の中で育ってきた。他人に心を開かない。ちょっと叱られるとキレて、すぐ仕事を辞めてしまったりする。人の信頼を裏切ることもある。いつもひとりぼっちだと感じ、携帯やスマホを片時も手放さず、命より大事にしている。それでゲームをしている。世の中のことには関心なく、お金とゲームにだけ関心がある。家庭でも学校でも児童養護施設でも落ちこぼれにされてきた彼らは、仲間の足を引っ張ってでも生き抜かなければと感じており、平気で仲間を罵倒したりもする。
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門平さんは彼らのそんなようすを見て、切なく辛いが、子どもたちは自分たち大人が作った社会の価値観の中で育っているんだ、これがいまの社会なんだと、自らを含め周りを見渡しつつ考える。
 そんな子どもたちが働く職場は、ホームのある地元の個人事業所が多い。給料は安く、社保も未加入だが、家族的な雰囲気で迎えてくれる。衣類をくれたりもする。長い目で見ると、そういうところが、彼らにとっての居場所なんだと思われる。給料がよくて社保にも入れるような大きい会社では、ちょっとしたことがきっかけで辞めざるを得なくなる。

 自立援助ホームで暮すためには、働いてかせがねばならない。そういった何かの理由をくっつけて、人と出合う場を、彼らにもってほしいと門平さんは切実に思う。
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門平さんは、学校現場で発達障害の問題が非常に大きいと言われるが、うつわをどんどん狭めてゆくと、そこからはじき出される子がいるのは当然だと語る。学校では子どもたちがバラバラにされている。そんな中で育ってきた人は、他人と関わっていくことで得られる信頼感ややすらぎを体験できず、厳しい状況に追い込まれても自分から他人の手を求めてゆくことが出来ない。

 子どもたちは小さければ小さいほど、大人の物の見方の影響を受けていない。だからこそ、小さい頃から一緒にやってゆくことが大事だと、門平さんは強調する。そこから小学校、中学校、高校、大学や職場、地域へとつなげてゆこうと。
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関野さんは66歳。前は埼玉県内の宿舎に住み込みで、土工や鳶の仕事をしていたという。不況でクビになり、新宿のマンガ喫茶で寝泊まりした。所持金がつきかけた所で男から声をかけられ、1日500円支給で寝る所もあるから来ないかと言われた。カードにユニティと書いてあった。連れていかれた車の中にはほかに5人の男がいた。6人が南浦和の事務所に連れて行かれ、書類に署名した。宿舎は南与野駅近くのトタン屋根の崩れかけた建物で、食堂にネズミの死体があったりした。14人が入所していた。

入居2ヶ月後に生活保護申請のために区役所に連れて行かれた。新宿から来たとは言わないように、再三注意された。支給決定が出た時、25万3千円を受け取ったが、全額ユニティに取りあげられた。その後、毎月の保護費受給日は、ユニティの入所者がそろって区役所に行く。逃亡を防ぐため入口に見張りが立つ。他の者が福祉課の前で待機し、保護費を受け取った入所者を一列に並ばせ、そのまま車に移動し、車の中で全額取り上げる。印鑑や受給者証も取られた。1日500円のほか1ヶ月に5000円、計2万円。これでは求職活動のための交通費や面接用の写真の費用も出ない。
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食事も極端に貧しく、梅干しや海苔を500円からねん出してしのぐ。6畳間に2人で2段ベッド。クーラーもない。風呂は掘立小屋。布団は使いまわし。衣類は最初に下着、靴下が一組に、タオルが1枚渡されただけ。このまま1年もいたら体が参ってしまうと思った。ここまでは、まさに門平さんの言う「厳しい状況に追い込まれても自分から他人の手を求めてゆくことが出来ない」関野さんだった。

だがついに、500円の中からレポート用紙と筆記用具を買い、何日もかけて下書きし、10枚くらいの訴えを書いた。それを役所のえらい人に渡し、ケースワーカーに話を聞いてもらった。役所に間に入ってもらい、やっとユニティを退所することができた。その時ユニティがその月の6日分の利用料として4万円も吹っかけてきたので、関野さんは役所の人達の前で初めてユニティの人間を怒鳴りつけた。
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いま関野さんは、支援団体等のおかげで、「清潔で明るく静かな所でこれ以上の所はない」という住まいに住んでいる。そして、ユニティを相手取って、原告6人で裁判をしている。しかし、無料低額宿泊所すべてがあくどいとは考えていない。関野さんと同じ施設には若い人は1人しかいなかったからか、会場から別の施設に若い人が大勢入っているという話を聞いて、「いくら不況でも若い人は働くところはあるはずで、若い人が長期間いるとすればその人は信用できないという見方をしてしまう」と言う。

それに対して、門平さんが、「自立援助ホームは仕事することを前提にして入る所だが、実際には働くことが出来ない子も入ってきて、そこから無料低額宿泊所に入るケースも何人かいた。長くいることはできないかもしれないが、そうやりながら全国を転々としている若者がけっこういると聞いた。」と語る。

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夕食後、グループに分かれて、夏の総合県交渉を念頭に置いた討論をもった。いま埼玉県障害者施策推進協議会で、障害者計画の6分野を2分野ずつ、計3つのワーキングチームに分けており、先日そのワーキングチームがそれぞれ県内の障害者団体からヒアリングを行った、その記録の要約を読み合せながら語り合った。筆者のグループは、ワーキングチームBの「地域生活、安心・安全」についてのヒアリングメモが資料。

各障害者団体の意見を読んでゆくと、「社会性がないから大きな声を出すと、きちんとしつけろと言われる」とか、「娘の介助に女性用トイレに父親が入ると怒られる」とか、「成年後見、グループホーム、所得保障が地域生活では大事。親が安心して死ねない。」など、親の立場からの声が多い。それに対して、今夜のグループ討論の参加者は、けっこう障害者本人が多く、彼らは親たちの社会に対して「もっと理解を」という訴えには、いまひとつ違和感があるようだった。
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筆者が一昨年この同じ会場で「障害児」の高校進学を実現する全国交流集会の分科会の司会を務めた時、関西の父親が「障害のある人が地域で生きてゆくためには周りの手が必要。だから小さいときから地域の人たちみんながこの子を知っているようにするために、普通学級・高校へ。他の親たちにもそう話している。」と言っていた。周りの手を借りるということは、女性用トイレに父親が入らずに、場合によっては通りがかりの人にお願いしたりすることもあり、迷惑だとどやされることもありうるということ。

でも小さいときから有名人だったら、いろんな人が手伝えるかもしれない。

そんな話をしたら、特別支援学校を卒業した後、OMIYAばりあフリー研究会の拠点NEUEで活動してきたHさんが即座に発言した。彼は毎朝で電動車いすで電車に乗って通勤している。駅に行く途中行き合う人に必ず片っ端から挨拶している。何も返してくれない人もいるが、いつも挨拶してくれる人もいる。「おおぜいの人に知ってもらえると思う。それが地域で生きることだと思う。」

「そうだよね。成年後見制度がどうとかいうけど、大事なのは周りの人と、何かの時に手を借りたり貸したりできる関係があるかどうかだよね。」

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すると、知的障害で言語障害もあるSさんが、うれしそうに手を挙げた。「おかあさん…よにんよ…」と言っているようだ。みんなが何度も訊きかえす。

長年のつきあいがある上福岡障害者支援センター21のIさんが説明する。Sさんは母親と二人暮らし。母は「親が元気なうちに」とIさんを説得し、東松山の施設に入所させた。しかし、Sさんは農作業をさぼり、職員がなぐるとかオーバーに訴え、3年で退所して家に戻ってしまった。それから年月が経ち、いま母は93才、本人も50代後半。本人に後見人、母に保佐人が付いて、二人で暮している。Iさんによれば、よくSさんとワリカンで3000円ぐらいずつ出して酒を飲むが、そうした日常の金の使い方までは後見人は関わらないし、年1回九州など遠くまで旅行する計画などは「ぜひ行って来て下さい」と言われるという。Iさん曰く、「日常付き合っている自分たちが財産管理まで考えなくてよくなったので、気持ちが楽になった」。ところで「よにんよ…」とは?お母さんが、自分がいなくなった後、家を、Sさんを含めて定員4人のグループホームにできたらと話しているのだという。Sさんは1人が気楽でいいと初めは拒否したが、このごろではやむをえないかなと思っているとか。
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地域生活を通した関係あってこそ、成年後見とかグループホームといった制度もいのちを吹き込まれるのだ。
このグループ討論は、そのまま県の職員さん達と総合県交渉で分かち合いたいねと言い合う。

かくて、ネットワーク合宿は、みなさんお待ちかねの夜の交流会に入ってゆくのだった。
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