共に学び・働く―「障害」というしがらみを編み直す

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zoom RSS 共に学び・働き・暮す地域が育てたケアシステムーわら細工全体集会を終えて

<<   作成日時 : 2014/06/08 23:32   >>

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6月6日、ケアシステムわら細工全体集会とくっちゃべる会が開かれた。前者は、従来の定期総会にあたるが、わら細工が、地域活動支援センター・パタパタ及びぶてぃっく・ぶあくと組織統合し、NPO法人共に生きる街づくりセンターかがし座の一事業部門となったため、総会ではなく集会と名称変更した。
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 1990年に発足した任意団体・ケアシステムわら細工は、当時かろうじて始まったばかりの全身性障害者介護人派遣事業とごく少数の障害者が獲得した生活保護他人介護加算というわずかな公的介助料をベースに、近隣住民や学生と障害者本人が参加する互助組合的なケアシステムだった。参考にした組織は、横浜ホームヘルプ協会、ヒューマンケア協会、公的介護保障要求者組合などだが、そのいずれとも若干異なる点があった。
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 それは、自立に向かってはばたく家準備会(その店部分がパタパタ)という平日の日中活動拠点があり、そこに筆者も含む谷中耳鼻科からの派遣職員2人と越谷市が単独事業を作って予算を出してくれたので雇い入れた専従職員2人がいたこと。もう一つは、同年にはばたく家準備会メンバー二人が分家し、そこに他の障害者3人が一緒に入居して、県の制度により世話人を確保することができたことだ。このように、活動拠点と小規模共同住居をセットにした介助組織であることが、先の3団体とは異なる点であった。活動拠点と共同住居のセットという面では、大阪や静岡、あるいは横浜などの運動と共通するところがあり、それらと交流し、学びあったものだ。
 ちなみに、わら細工発足5、6年の間に、はばたく家準備会の活動の周りの知的障害の人々と主婦らにより、ぶてぃっく・ぶあくが生まれ、さらにはばたく家準備会の活動拠点が、越谷市民を主とするくらしセンターべしみと春日部市民を主とするデイケア・パタパタに分岐してゆく。
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 こうして活動が広がり、新たな人の輪ができることで、わら細工の活動も拡がってゆく。ただし、制度的裏付けは、相変わらず全身性障害者介護人派遣事業と生保他人介護加算だった。障害者本人が推薦し、依頼した介年に助者が一緒に動くことで、通所活動や店にせよ、共同住居にせよ、制度の枠を超えて街で共に生きる場となった。

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 ここまでは地域での「しがらみを編み直す」ローカルな動きといってよい。しかし、2000年介護保険、そして2003年支援費制度以降の、産業リストラに対応した福祉バブルの大波は、積み上げてきた地域の関係に激突した。
 これまで自治体単独で地域の実情に合わせて実施して来た制度全てが、廃止ないし縮小されてきた。そして、自治体が責任をもって行ってきた仕事を、「措置から契約へ」というスローガンの下、市場に委ねてきた。わら細工もやむをえず、居宅介護サービス事業所の看板を掲げたが、そのために有資格者を置くなどの条件に合わせることはしないという方針を貫き、「指定事業所」にはならず、個々の自治体ごとに協議して認可を得る形の「基準該当事業所」として活動してきた。
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 これまでの全身性障害者介護人派遣事業や他人介護加算と支援費報酬(居宅介護・ヘルパー制度)の違いは、後者が介助料だけでなく調整や事務の費用も含んでいることだ。また、全身性障害者介護人派遣事業の手当は介護人に振り込まれ、自治体により額が一定だし、他人介護加算は国により毎月の総額が定められている。それに対し、支援費報酬は、本人が自治体から認められた1ヶ月の支給額の範囲で、それをどこの事業所のヘルパーにどのような内容で何時間使うかによって、事業所に入る額が変わってくる。だからこそ、不動産会社をはじめこれまで福祉に縁がなかった企業が、雨後の筍のように介助や施設運営に参入し、福祉バブル状況が現出しているわけだ。
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 こうした奔流は、障害者の自立生活をめざして活動して来た組織に大きな影響を与えた。かってはこうした運動体の事務局を担う人々の確保が難しかった。公的介護保障要求者組合系では夜間、休日に学生や社会人が無償ボランティアで介助に入り、それで浮いた分の介助料全てを平日昼間を守る専従介護人の給料に充てるといった苦労を重ねていた。自立生活センター系では、東京都の振興財団に独自の助成金を作らせたり、民間の財団からの助成金を獲得するなど、やりくりは苦しかった。それが、指定事業所になることで、24時間に近い介助の必要を自治体に認めさせ、介助者を派遣すれば、たとえば月100万円に近い報酬が得られる計算になる。
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この状況は、河東田博さんが紹介してくれたスウェーデンのアドルフ・ラツカや、私達が1981年に埼玉に招いた当時RBUの一員だったベンクト・エルメールらの、ダイレクト・ペイメントによる介助者募集・教育・養成費用も含めた制度には及ばないまでも、自立生活センターの母国であるアメリカの制度の金額をはるかに上回っていると思う。だが、その結果はどうか?
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 ハードルが低くなったぶん、制度がなかったころのように、地域に生きざまをさらして健全者に生き方を問いかけるといった障害者は減り、入所施設よりはるかに質の高い介助を得られるから自立生活をしたいという障害者が連絡してくる。初めはたしかに自治体に長時間介助の必要性を認めさせるべくがんばるが、希望する時間が獲得できれば、あとは自分のニーズに合った介助者が来るかどうかが関心事となる。

 介助を派遣する自立生活センターのほうは、介助の質的かつ量的水準を確保するために、有資格者をハローワークで募集し、選別するようになる。登録ヘルパーばかりでは、障害者のニーズに応えきれないので、常勤の介助者を増やしてゆく。すると、彼らを食わせなければならないから、お客さん(要介助障害者)を増やさなければならない。そのためには、地域から離れていようが、短時間だろうが、対応する。そのために、対応できる介助者を確保する。

 問題は、障害者はお客さん感覚で、介助者はアルバイト感覚で、どちらも運動・組織…要するに人間関係を育ててゆこうと考えるきっかけがないままになってしまうことだ。当初から関わって来た人間にとっては、危機的な状況になっているという思いがあるのではないか。

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 ひるがえって、ケアシステムわら細工の現状はどうか。支援費も活用はしているが、有資格者を必要としない基準該当事業所にとどめている。そのぶん、報酬も減額されている。生保の他人介護加算を使っている者が多いが、この制度は一種のダイレクト・ペイメントであり、障害者が状況に応じて必要な額を介助者に支払える唯一の制度だ。

 全身性障害者介護人派遣事業も、地元・越谷・春日部両市では大いに活用されているが、この制度は、OくんやKくんなどの障害者が駅前で常にビラをまいたり、大学の授業に常に出て学生とつきあいをつくるといったPRも必要だし、共同住居や通所施設を利用しつつもそこから職員の手を借りずに地域社会に参加するためにこの制度を活用するといった姿勢なしには活かせない。制度に血を通わせるのは、人間たちの働き方なのだ。そして、ほとんどの介助者は、なんの資格もいらず、ただ障害者個人の推薦があれば登録できるこの制度の介護人になり、最初は特定の一人の障害者の介助に関わることをきっかけとして、やがてわら細工に入会する。

ちなみに、全身性障害者介護人派遣事業は、わら細工に一切の収入をもたらさないため、決算、予算には上がってこない。この制度の先駆者である東京や大阪でも、もう廃止されている制度だ。東京都国立市の障害者運動は唯一、この制度を再評価し、全身性障害者だけでなく、介助を必要とする市民が誰でも利用できる制度として、再スタートさせた。まさに埼玉県の数自治体だけで保存されている稀有な制度なのだ。

しかし、この制度の実績がわら細工を支えているのは、疑いもない事実である。
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 こうしたすそ野があってこそ、支援費制度の魔力に飲み込まれずにいる。まさに、ミヒャエル・エンデの時間泥棒とのたたかいである。

 そんなケアシステムわら細工を取り巻く状況を踏まえて、今年度の事業計画の筆者流説明。番号をふった項目は具体的な事業計画―


1. 介助調整
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わら細工では発足以来、「介助」、「介助調整」という言葉に、独自の意味をこめて使ってきた。団地の露店のお客にトイレを頼んだり、つぐみ部屋でおばあちゃんが3人の重度障害者を世話しながら暮していたり、野島さんが隣の主婦に毎朝雨戸を開けてもらったりした経験がベースにある。

「介助」とは、「要介助の障害者と介助者とその周りの地域の人々との共同作業」であり、その葛藤につきあいながら共に生きるための営みが「介助調整」。

昨年度、亡くなった野沢、きみ子、昌弘と介助者たちとその周りの家族や地域の人々の葛藤につきあわされながら活動して来た経過を、あらためてふりかえりつつ、原点を再確認した。

原点の確認を踏まえ、現状を考える。生保他人介護加算と全身性しか制度がなかった時代とくらべ、支援費制度以来の10年で公的介助制度が成立し、介助市場が拡大している。障害者、介助者、周りの人々の意識も、世代や状況により大きく変わっている。それを踏まえ、介助料の見直しに取り組み、まず3人の泊り介助料金の改定を具体化してみることから始めて、検討作業を継続する。

   「宿泊体験」や「お試し介助体験」が挙げられている。生活ホームとわら細工にとっても、自らの活動を地域で共有し見直してゆく取り組み。こうした「体験」は、同じNPO法人内のぶあく、パタパタや、つぐみ共生会、さらには職場参加をすすめる会の事業との関連でも考えてゆけるのでは。

@介助調整(従来からの事務局によるものだけでなく、当事者、関係者によるもの、また緊急時の介助調整を含める)
A生活ホームオエヴィスおよび希望者の自宅などでの宿泊体験の試み
B」宿泊体験を進めるための補助金の検討
C制度を使えない人のお試し介助体験
D介助者募集
E介助料の見直し
Fその他、会員からの提案を受けて行う事業
   
2. 会員間の共有、地域への発信
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 上述の「共同作業」という原点に遡り、これまでの経緯と現状を確認し、地域へ発信。
介護保険、総合支援法など介護制度が拡大する中で、ケアマネジメント(介助調整も含む)とは要介護、要支援の本人の状況に合わせて公的サービス他の社会資源を組み合わせて提供することという先入観が定着して来た。

介助者も人間だということ、地域の周りの人々との葛藤を生きること。

 考えの原点を再確認するだけでなく、パタパタやぶあくとわら細工(さらには生活ホーム、べしみ)が分かれてゆく前のはばたく家という活動の原点を再確認しながら動き始めたのが、NPO法人かがし座の事業部門としてのわら細工の位置と言える。

 わら細工の活動の毎日がフィールドワークであり、これからの社会へ引き継ぐべき遺産。それらを共有し、発信することの大切さ。その一環として、後に出てくる「特派員」も試みる。

@会員主催の交流会への支援
Aくっちゃべる会の開催
B会員が講師となる連続セミナー、重度訪問介護者養成研修、そのほかの会員向け研修
Cわら細工ニュース、わら細工通信などによる発信
D上記事業への会員、関係者が活発に参加できるようにする取り組み

3. 他団体との協働と行政への発信、交渉
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 先に述べた「共同作業」が、介助される人・する人という関係だけでなく、周りの地域の人々すべてを含むことから、他団体や自治体もそこに入る。ことばのやりとりだけでなく、一緒に動く、一緒に仕事することがもっとも大事。「働く」とか「学ぶ」については、制度としての介助に乗らないことや、「介助」が入ることのマイナスも生じたりするが、それらの現実に向き合うことによって、制度や施策を実例をもって問い直してゆく。

@わら細工ニュース、通信を会員の居住市町村役場へ配布
A越谷市、春日部市、その他行政との勉強会の開催、必要に応じた交渉
B社団・ネットワークと連携し、県内他団体の暮らしと介助を知る取り組み
C県への働きかけ
D国レベルの集会等への参加
E会員に対する上記のさまざまな集会、会議等の情報発信と参加の呼びかけ

4.計画推進体制
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 わら細工は、地域の人々もまきこんだ共同作業の組織だから、組織の日常運営は多岐にわたる。中には、いのちに関わる仕事も含まれる。しかし、障害者も街に出て、周りとぶつかりあいながら、危険を賭けることもやりながら、街を変えて行こうという考えから、障害のある人々が共に働く事務局体制としようと続けてきた。わら細工事務局は、周りからどやされ、泣いたり落ち込んだりしながら、やってきた。

 転びながらやってきたが、障害者の介助に関わる組織自体10数年前までは全国的にも少なかった。他団体とのちがいや共通項をつきあわせることも、ある程度できた。

 しかし介護保険、支援費制度以降、介護市場が拡大し、わら細工もいやおうなくその波の中に巻き込まれざるを得なかった。同時に、わら細工の活動と一体的にあったパタパタ、ぶあく、べしみ、生活ホームなどの活動も、それぞれ制度により分けられ、孤立させられてきた。障害者もそこにかかわる者も、自分たちの暮らしや地域のありよう、また各活動のつながりを、トータルにとらえられにくくなってゆく。

 こうした背景の下で、事務局長、次長も空席という事態に陥っている。現状では誰もやれない状況になっていることを踏まえ、原点と現状を再確認してみんなで動きながら状況を変えて行こうということ。
 その際の「みんな」とは、わら細工の中はもちろん、NPOかがし座全体でもあり、つぐみ共生会も含むし、前記2、3に述べたように地域、他団体、自治体も含む。それらをことばだけでなく、具体的な行動としてにつめてゆくことが問われている。

@(べしみからの)出向職員、NPO(かがし座)との協力、当事者事務局員育成による事務局体制の見直し
A特派員(※)や交流会主催、セミナー企画や講師などへの積極的な会員の参加を促す
BCILわらじ総合協議会の各事業体からの協力による拡大事務局会議の開催
C運営委員会の定期開催
D運営委員の日常活動や会議への参加、協力要請による運営委員会の活性化

※特派員:わら細工会員やそのほかの関係者が日中活動や生活の現場に出向き、そこでの様子を調査し、会員に向けて発信していく人達の名称。具体的な業務内容等は、進めていく中で、会員間に進捗状況を更改しながら検討していく。

   

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