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zoom RSS 偲ぶ会&CILわらじくっちゃべる会まとめ 第2弾 月刊わらじ3月号表紙 ― 語ろう!私たちの日々

<<   作成日時 : 2014/03/12 23:52   >>

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3.8〜9偲ぶ会&CILわらじくっちゃべる会(上の写真)まとめ第2弾。といっても、今度は、月刊わらじ3月号の表紙から(下の写真)。
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 以下は、表紙の写真に添えられたキャプション。ただし、青字は、このブログに収載するにあたって新たに付けたコメント。
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約40年前市役所のケースワーカーになり何をなすべきかわからぬまま、台帳を唯一の手がかりに障害者宅を訪ね歩いた正木敬徳さんが、当時を語る。3月8、9日に開催された「野沢啓祐・新坂きみ子・吉田昌弘とその時代を 偲ぶ会&CILわらじ・くっちゃべる会」のワンシーン。「座敷牢のような所もありました」。
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会場のくらしセンター・べしみの「べしみ」は泣きべそを秘めた鬼の面。
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家の奥の暮らしから抽出された障害者達の文化だ。

(上の写真の新坂光子・幸子姉妹が、ふるえる手で電動車イスのレバーを握り、必死の形相でうつむきながら道を行く姿は、まさに怨念と悲しみをエネルギーと化したべしみそのものだった。)


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では現在はどうか?「怒る障害者たちがいなくなった」、「制度にからめとられて霧の中のよう」などの感想があいついだ。
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(上記の危機感はもっともだ。「季刊福祉労働」131(2011.Summer;現代書館)は、「拡大する相談・支援事業の実相」と題する特集を組んだ。その中で、たとえば「相談支援事業が拡大する社会とは」(横井寿之)では、「私たちの社会は、今や極めて普通には生きにくい社会になっているのではないか。」と問うている。

そして、「障がい者の相談支援事業所に寄せられる相談は、単に障がい者の問題ばかりではなくなり、地域の住民の福祉ニーズに応える相談支援としての視点が一層求められるようになるだろうと思われる。」という言葉で結ばれている。

また、「自閉を超えて―発達相談の現場から」(木村一優)では、「自閉とは、関係の行き詰まりに過ぎません。発達障害の問題にすり替えてはいけません。関係にヒントがあります。関係を素直に見つめて下さい。」と訴えた後、「けれども、関係の外に自閉を見たら……」という言葉で筆をおいている。

横井や木村の文章の背後には、「地域の住民の福祉ニーズ」や「関係」として向き合わねばならない状況が見えず、目の前の個人の「障害の問題」、「発達障害の問題」がクローズアップされてしまう相談支援事業自体の社会的孤立が透けて見える。)

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だが、昔家の奥から街に出て行った障害者たちも初めは皆無口だった。
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ずっこけ、すれちがいながら他の人々とからみあう…怒り、暴力…「問題行動」と見えたことが意志表現だと受け止められ、街が少し変わる。
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その積み重ねが本人を地域に欠かせない存在にする。それは今も同じなのでは?
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いまケースワーカーの役割は、私たち自身に委ねられた。

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(上の写真は、越谷市障害者生活支援センター「苞」の交流会。

かって正木さんが、闇の奥でつぐんでいた新坂姉妹や橋本画伯を、わらじの会の「街に出る会」に誘った時のように、「問題解決」に四苦八苦する状況から外へ出て、他の人々と一緒に街をぶらつき、一緒にさまよう機会がとても大切だ。)

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(上の写真は、毎月第2水曜日に、くらしセンターべしみで行われている月刊わらじの共同製本作業。ここには、「苞」や春日部市障害者生活支援センター「えん」の相談者も希望があれば参加できる。

食事を挟んで作業し、終われば自己紹介しあうのが通例となった。中途障害の人が幼い頃からのベテラン障害者に自助具の手ほどきを受けたり、ご近所同士であることを発見したりすることも多い。かって村の人々が、田植えや道普請、祭り準備などの共同作業で汗を流しながら縁を結んだり、編み直したりしたように、具体的な人と人の出会いを通してしか世界はひらかれてゆかない。)


ごちゃごちゃと生きて来た関係をほぐし、一人一人の生きざまと関係の面白さを、地域、自治体に発信してゆく義務が私たちに課せられている。

(ここで言う「一人一人の生きざまと関係の面白さ」とは、障害者もそうだが、障害のない者のこともそうなのだ。

前掲「福祉労働」の特集で、「障害者における相談支援事業―ピアカウンセラーとして相談支援にかかわって」(篠原由美)では、「相談支援事業所は社会と障害者の間に立って、支援・調整することが役割とされていますが、そればかりではなく、本人たちの後ろに回り、時には黒子になり、また、障害者と付き合おうとしている健常者の黒子もやるという、そういう役割も必要だと思います。」と述べられている。)


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かっての正木さんに倣って、いまは足元の日常を訪ねよう。

(上の写真は、偲ぶ会の深夜。ケアシステムわら細工事務局専従のTさんと踊るYくん。Yくんについては、このブログの「こんな風に職場をひらく 人と人がひらきあう ― 元障害者スタッフ・Yくんとの再会」を参照)


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「問題」、「困難」と見える出来事の中にこそ、人間と人間がせめぎあい、地域、自治体のありかたを変えてゆくヒントがある。
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もっと面白く、楽しく語ろうよ、スリリングな私たちの日々を!(2014..3.1)を参照)

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