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zoom RSS 重複障害 団地で独り暮らしー由利子の由利高原鉄道の旅

<<   作成日時 : 2014/03/02 22:01   >>

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ここ7、8年というもの平日、世一緒に出掛けてしまっている私に代わり、黄色い部屋を拠点とする連携活動を一身に担っている「あんこ」より、メールのやりとりを編集した由利子さん(団地で独り暮らしの重複障害者)ご一行の秋田への旅日記風レポート「由利子さん しがらみの旅」が届いた。いずれ月刊わらじに詳しく載ると思うが、このレポートをもとにして筆者なりのメモを綴っておく。
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両親と死別後、団地で介助を入れながら一人暮らししている「重複障害者」と呼ばれる由利子さん。その名は父の故郷である秋田の由利高原からとったそうだが、帰郷するときはいつも一人だけで、妻すなわち由利子さんの母も一度訪れたくらい。娘はついに一度も伴ったことがなかった。下の写真右端は、由利子さんの母・富子さん。スウェーデンの障害者と交流するつどい(1991年)で。
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母が亡くなり、その後父も亡くなった時、初めて団地に集まった親戚たちは、残された娘はどこか入所できる施設へと、ごく自然に考えた。が、居合わせた「あんこ」らわらじの会の関係者から、由利子さんと両親の暮らしや他の重度障害者たちの生活ぶりを知る中で、意見が割れ、とりあえずとの限定付きで一人暮らしを続けることになった。2008年のことだった。
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そして今年、わらじの会の「元祖登校拒否児」、「貧乏神」を自称する一人暮らしの樋上くんが、上野と青森を結ぶ最後のブルートレイン「あけぼの」廃止を前に、4枚の切符をゲットした。その切符で、彼は「由利子さんと由利高原鉄道に乗りに行きたい」という提案を投げかけた。その提案を受け、女性介助者二人を含め、秋田への旅が実現した。
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「あんこ」によれば、出発の前日、由利子さんは「ぽっぽ」、「えき」と言って、昼間から楽しそうだったという。
秋田では、あのお葬式の時に由利子さんの暮らしについて、さんざん悩み、語り合った親戚が迎え、帰りも見送ってくれた。親戚から「皆さんの愛情で育てられていると、本当に思いました」とメール有り。
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かっての1年間ボランティアや、秋田のグループホームに入居している旧友にも出会えた。
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現地での由利子さん本人のようすは、まだ「あんこ」も聞いてないようだが、かってスウェーデンへ10日間一緒に旅行したり、その後もよく一泊旅行をしてきた筆者が推察するに、旅先ではゆったり、ご機嫌だったに違いない。それほどに、人生を旅として、旅を人生として生きている由利子さんだから。下の写真はスウェーデンで(1980年)
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由利高原鉄道から眺める鳥海山はとてもきれいだったという。
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なお、由利子さんについて、」さらに知りたい人のために…。
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上は、1980年に八木下浩一を団長としてスウェーデンへ行き、全国組織RBU(スウェーデン肢体不自由児者協会)と交流した体験を記録した本「ハンディキャップレポート-親と子のスウェーデン福祉体験記」(埼玉社会福祉研究会編 現代書館;1981)の「変わりゆくちえ遅れの施設」(上の写真)を参照されたい。

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また、矢野陽子著「まいにち生活です」(はる書房;1991)の「由利ちゃんーこんな人がいた」も参考になろう(上)。

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